第32回:舟を編む

2013年05月24日

 僕は舟に乗ったことがあります。五歳くらいの時だったと思います。フェリーでした。母と旅行へ行った唯一の思い出で、京都の舞鶴港を出発し、北海道は小樽港へ向かっていました。夏でした。デッキで撮ったおどけた写真、船内のレストランで食べた旗のついた飯、二段ベッド、何から何まで海の上であるというだけで嬉しくて楽しくてしかたがありませんでした。旅行はもちろん舟を降りてからがメインなのですが、思い出すのはフェリーの事ばかりでした。母のことすらボンヤリしています。
 何年か前の暮れ、大阪の親戚のうちでその思い出を話すと、叔母が僕に「なにいってんの。北海道旅行一緒に行ったの私やで」と告げました。何遍か「いや違う母と行った」と言い張りましたが、叔母が写真を出してきました。確かに記憶にある服を着た、おどけた僕が、フェリーの上で叔母と写っていました。
 海の上は、希望も願望も絶望も一切持たない幼児でも気持ちをグッと高ぶらせるような不思議な力が沸きます。水平線の先に何も見えないので、かえって何かを思い描いてしまうのかもしれません。僕はきっと母と旅行へ行きたかったのでしょう。それが水平線の先に見え、大人になってもそればっかり覚えていて、記憶を塗り替える結果となったのかもしれません。

 僕は舟に乗ったことがあります。何年か前のことです。フェリーでした。旅行の帰りで北海道の苫小牧港を出発し、青森県は八戸港へ向かっていました。僕は正月明けの混雑する時期に、いきあったりばったりで帰ることになってしまっていました。飛行機は満席で、フェリーも定員いっぱいだったのですが、ドライバーズルームだったら乗れるということになりました。ドライバーズルームとは長距離トラックの運転手が利用する寝台のことでした。一部屋に寝台列車と同じ様に二段ベッドが狭い通路を挟んで向かい合っていました。もうすでに三台とも人が入っているらしくカーテンが閉まっていました。カーテンの開いた左下のベッドに僕は入りました。時刻はもう零時になろうとしていましたが、僕はやはり気持ちが高ぶって寝られず、小腹も空いたのでレストランへ行きました。しかしこのフェリーは深夜に出て早朝には到着するのでレストランはついていませんでした。小腹の減った者はラウンジにある自販機のカップラーメンをひたすら静かにすすっていました。僕も同じようにした後、船内を歩いてみました。みんな眠そうで疲れていそうで、なんとなく難民のようでした。デッキへ出てみました。極寒の太平洋が容赦ありませんでした。おどけたら大自然に殺されてしまう、と予感するほどだったので、早々に部屋へ戻りました。戻ると、部屋はくさくなっていました。三十分足らずだったのに、労働とおじさんのにおいでいっぱいになっていました。僕の寝台以外は全部灯りが消えており、僕も急いで床に就いて灯りを消しました。到着まであと4時間ほどで、あまり眠る時間がありません。三重奏の鼾を聞きながら、四重奏となるよう僕もすぐに後を追いました。しかし三人のコンビネーションはよく、音は冴え渡り、なかなか入ってゆけません。
 二時間後、僕はもう寝ることを諦めていました。爆臭にはすぐ慣れました。しかし上、横、斜め上からの爆音がすごいのです。特に横の人がすごいのです。間といい緩急のつけ方といい、気になって仕方がない鼾をするのです。僕はずっとその向かいのベッドにカーテンを半分だけ開けて鼻くそを飛ばしました。眠れないのです。鼻くそが一個、鼻くそが二個……と数えていき、鼻くそが十四個の時、舟が大きく揺れました。そして部屋が足下の方へ傾き、そのせいでカーテンが「シャー」と開きました。モーガン・フリーマンに似たおじさんが、肩肘を下にしてこちら向きに寝ている姿が露になりました。僕はこのチャンスを逃しませんでした。痛くなってきた鼻にもう一度指をいれ、ここぞとばかりにとっておきの鼻くそをおじさんに飛ばしました。飛ばした瞬間、再び舟が逆に傾き、カーテンが「シャー」と閉まっていきました。「がんばれ鼻くそ! 間に合え!」僕は祈りました。「祥平の鼻くそがんばれー!」お母さんの声も聞こえた気がしました。思いは通じました。ちょっとの差で僕の鼻くそはすべりこみました。「ピーピー!」「ンガーンガー!」と鼾たちが僕を讃えてくれました。と、安心したのもつかの間、再び「シャー」とカーテンは開き、「よっしゃ! もう一発かましまっせ!」と鼻に指を入れて僕は止まりました。おじさんと目が合いました。おじさんは先ほどと同じ格好でしたが、目がしっかりと開いていたのです。そして、静かに指を抜く僕を見つめたままおじさんは体を起こし「オッチャ、もーわんつかでつかはんで」と外国語の様な方言で僕に言ったのです。
 僕はまた水平線の先を見ていたのでしょうか。本当は夢だったのかもしれません。おじさんは部屋を出る前、僕の所に来て乾いた蛸足を一本くれました。近づいたおじさんの顔には、現実にしてはうますぎるくらいピタッとしっかり目尻横に鼻くそがついていたのです。

 2013年現在公開中の石井裕也監督の『舟を編む』という映画があります。主人公の青年が辞書編集部に配属され、「大渡海」という名の辞書を作りはじめます。辞書作りはまさに大海原を進むがごとく、荒れて揺れて、それでも突き進んでゆくのです。
完成するまでの過程は『舟に乗る』ような、水平線に先を想像し、昂揚するあの気持ちにさせてくれます。
 僕の水平線の先は、架空の母子旅行と鼻くその成功でしたが、映画『舟を編む』の水平線の先には、きっと素晴らしい結末が見られることでしょう。

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プロフィール



宇野祥平

1978年、大阪府生まれ。主演した短篇映画『女』『鵜野』(両作とも監督・前田弘二/05)がひろしま映像展2005でグランプリと演技賞を受賞し注目を浴びた。以降『オカルト』(監督・白石晃士/09)『超・悪人』(監督・白石晃士/11)等の映画に主演。その他の映画出演作に『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(監督・松岡錠司/06)『フレフレ少女』(監督・渡辺謙作/08)『くりぃむレモン 旅のおわり』(監督・前田弘二/08)『ウルトラミラクルラブストーリー』(監督・横浜聡子/09)『ゲゲゲの女房』(監督・鈴木卓爾/10)『NINIFUNI』(監督・真利子哲也/11)『劇場版 神聖かまってちゃん/ロックンロールは鳴り止まないっ』(監督・入江悠/11)『婚前特急』(監督・前田弘二/11)『ハラがコレなんで』 (監督・石井裕也/11)『キツツキと雨』(監督・沖田修一/12)『苦役列車』(監督・山下敦弘/11)『黄金を抱いて翔べ』(監督・井筒和幸/12)『横道世之介』(監督・沖田修一/13)など多数。『舟を編む』 (監督・石井裕也)、『ぼっちゃん』(監督・大森立嗣)が現在公開中。テレビドラマには『深夜食堂』(09、11/TBS)に準レギュラーとして、『D×TOWN~太陽は待ってくれない~』(12/TX)では準主役として出演。BeeTVにて配信中のドラマ『午前3時の無法地帯』にもレギュラー出演している。舞台においても『真夜中vol.3鳥ト踊る』(作・演出:ノゾエ征爾/11)、あうるすぽっとプロデュース『季節のない街』(作・演出:戌井昭人/12)などに出演。

ひとこと・ふたこと

宇野さんが紹介した映画『自由が丘で』は2014年12月13日(土)シネマート新宿ほかにて全国順次公開です。