第7回:コップランドと僕

2009年10月22日

 僕は小学校4年の時に、3回目の転校をしました。それまではどの学校にも短い期間しかいなかったため、馴染むことができずに終わっていました。だから今度こそはなんとかせなアカン、という焦りがありました。
 何回も転校しているとわかってくることがあります。クラスメイト達の大多数が幼稚園からずっと一緒で、その長い期間で育まれた“一番強い奴”をよそ者の僕が倒してしまえば、クラスでの地位が確保できるのです。わかっているのです。シミュレーションもしました。でも、わかっていてもできません。そもそも“よそ者”という段階でくじけるのです。制服の色が皆と違う、というところで一目置かれてしまっているのです。
 しかし、そんな馴染めきれずにいた僕に転機がやってきました。スポーツテストの日でした。僕は何とかいい記録を出そうと張り切り過ぎたのか、腹を壊してしまい、保健室で休むことにしました。するとそこには先客がいました。クラスメイトの須田君でした。
 須田君は僕より一年先に転校してきており、お腹が弱く、共通点が多いこともあって自然にお互いベッドに仰向けになりながら会話をしていました。「しんどいん?」「気持ち悪いねん」などといい感じで話していました。
 でもそんな時、須田君の方から「バリッ」という音がしました。屁にしては違和感のある音でした。「今の音おかしない?」と言いたいのを我慢して黙っていました。須田君も黙っていました。
 沈黙を破ったのは須田君でした。「ゆわんといてや!」と強い口調で言い、僕は正直わかっていたのに「何が?」と聞いてしまいました。「絶対ゆうなや、ゆったら知らんからな」と須田君は勝手に怒りはじめ、「ミニ四駆改造してるやつやるわ!」と買収までしようとしてきました。
 僕は揺れました。僕はミニ四駆を持ったことが無く、それがクラスの男子の中の輪に入って行けない理由の一つでもありました。放課後、オモチャ屋のヤマト屋のサーキット場でミニ四駆を競わせるのが当時の男子のステータスでした。誘われそうなチャンスがあったにもかかわらず、ミニ四駆を持っていないため、あえて誘われないよう逃げていたりもしました。
僕は、見事に買われました。須田君は僕の返事を聞くとぎこちなくベッドから降り、シーツを確認してトイレへと去ってゆきました。
 その日のうちに須田君からもらったミニ四駆は、当時出たばかりの「サンダードラゴン」という車種で、須田君によってばっちり改造され、めちゃくちゃ速いスーパーカーになっていました。
 僕はヤマト屋に通いだしました。サンダードラゴンによって僕は一目置かれはじめ、どんどん友達が出来ました。しかし僕がクラスに馴染めば馴染むほど、須田君は僕に冷たくなってゆきました。僕が口を割る、と思ったのでしょう。須田君の案じていた通り、僕は口を割りたくなってきていました。須田君の「バリッ」を言いたいというのではなく、後ろめたさと空しさに疲れてきたのです。
 そしてある日、とうとう口を割ってしまいました。おばあちゃんにカバンの中に隠していたミニ四駆見つけられたのがきっかけです。おばあちゃんにすぐ返すようにと言いつけられ、僕は須田君の家へ行きました。ミニ四駆を返そうとした僕に須田君は「ゆったやろ」と怒り、僕は「ゆってないわ」と言い返しましたが、ミニ四駆を受け取った須田君はそのまま家に入ってしまいました。
 僕は段々と腹が立ってきました。そして怒りは僕をある衝動へと駆り立てました。本当に言っていないのに、というか隠しごとはアカン、みんなに嘘ついたらアカン、それに須田君ももうバレてると思ってるし――。
 翌日、須田君と僕の秘密はアッという間に公けとなりました。須田君の隠ぺい工作は僕という真実を明かせずにはいられない者によって失敗したのです。
『コップランド』(1997年)という映画があります。ほとんど警官だけが暮らす町を築き上げたその町のリーダーの隠ぺい工作を、スタローン扮する、同じくその町で暮らす保安官が暴くというような映画です。
 この映画の面白さは、不正を働く側も元は真面目な警官で、仲間の生活を守るという信念のもと町を築いた経緯があり、不正を暴く側も、自分のコンプレックスのせいか、今まで黙認してきた不正を急に正しており、必ずしも隠ぺいした方が悪で、暴いた方が正義とは言えないところにあります。
 須田君とのことが、僕に一層そう思わせるのかもしれません。この映画を観たあとふと須田君と話したくなり、何十年振りに電話で話しました。思い切って「あんなことあったな」とスポーツテストの日のことを話してみました。須田君は「そんなんあったっけ」と言いました。
 その言葉が本当に忘れてしまっているのか、あくまでもウンコをもらした事実を認めたくないのか、僕には知る由もありません。

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プロフィール



宇野祥平

1978年、大阪府生まれ。主演した短篇映画『女』『鵜野』(両作とも監督・前田弘二/05)がひろしま映像展2005でグランプリと演技賞を受賞し注目を浴びた。以降『オカルト』(監督・白石晃士/09)『超・悪人』(監督・白石晃士/11)等の映画に主演。その他の映画出演作に『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(監督・松岡錠司/06)『フレフレ少女』(監督・渡辺謙作/08)『くりぃむレモン 旅のおわり』(監督・前田弘二/08)『ウルトラミラクルラブストーリー』(監督・横浜聡子/09)『ゲゲゲの女房』(監督・鈴木卓爾/10)『NINIFUNI』(監督・真利子哲也/11)『劇場版 神聖かまってちゃん/ロックンロールは鳴り止まないっ』(監督・入江悠/11)『婚前特急』(監督・前田弘二/11)『ハラがコレなんで』 (監督・石井裕也/11)『キツツキと雨』(監督・沖田修一/12)『苦役列車』(監督・山下敦弘/11)『黄金を抱いて翔べ』(監督・井筒和幸/12)『横道世之介』(監督・沖田修一/13)など多数。『舟を編む』 (監督・石井裕也)、『ぼっちゃん』(監督・大森立嗣)が現在公開中。テレビドラマには『深夜食堂』(09、11/TBS)に準レギュラーとして、『D×TOWN~太陽は待ってくれない~』(12/TX)では準主役として出演。BeeTVにて配信中のドラマ『午前3時の無法地帯』にもレギュラー出演している。舞台においても『真夜中vol.3鳥ト踊る』(作・演出:ノゾエ征爾/11)、あうるすぽっとプロデュース『季節のない街』(作・演出:戌井昭人/12)などに出演。

ひとこと・ふたこと

宇野さんが紹介した映画『自由が丘で』は2014年12月13日(土)シネマート新宿ほかにて全国順次公開です。