中学の同級生に三ツ橋という男がいました。この男、結構な面食いで、喋ったことも無い顔のカワイイ女の子にすぐ恋をしてしまう癖をもっていました。
「お前顔だけで選んでるやん」と僕が止めるのも聞かず、三ツ橋は告白し、知っているだけでも6回告白し、撃沈し、そして落ち込むのでした。落ち込むと三ツ橋はいつも僕に相談してきました。「そら喋ったことないってことは、お前と同じで向こうもお前の顔でしか判断でけへんで、そら無理やろう」と僕は容赦なく事実を伝えました。
三ツ橋は、良く言えば槇原敬之で、悪く言えば『がきデカ』のこまわり君に似ていました。歯の矯正を付けたり取ったりを繰り返し、口の端にはよく唾が溜まっていました。でも僕は、三ツ橋をうらやましいと思う部分もありました。僕は三ツ橋と正反対で自分の顔や周りの目が気になり、好きな人に告白する事が苦手なタイプでした。
向こう見ずな三ツ橋は、フラれる度に2階にある教室の窓から飛び降りようとしました。初めはみんなビックリして駆け寄り、説得し、なんとか止めようとしましたが、三ツ橋はその後も何度か告白してはフラれ、その度に窓の枠に足を掛け、みんなも僕も徐々に「こいつ明らかに好きな女の子に自分の真剣ぶりをアピールしているだけや」と気付きはじめました。三ツ橋のフラれては自殺する話はアッという間にみんなの知るところとなりました。それでも、みんな形だけは止めていました。
ある日、三ツ橋が「オレ、やっとわかったわ。ホンマに好きな人」と僕に懲りずに相談してきました。「今度は顔だけで選ばずに、ちゃんと仲良くなってから告白した方がええで」と僕はアドバイスしてみました。三ツ橋は今回こそ、と思ったのか、半年間じっくり時間をかけて好きな子と仲良くなり、そしてフラれました。
「もう死ぬわ」と窓枠に足を掛ける三ツ橋にみんなはもう慣れすぎて、とうとう「早よ死ねや」という言葉さえ出るようになりました。止められると思っていた三ツ橋は一瞬たじろぎましたが、引っ込みがつかなかったのか、「ホンマに死ぬからな」と言いました。そう言いながらも、それ以上窓の外へ踏み出せないのは誰もが知っていました。そして、「ホンマに死ねや」と言う言葉が教室に次々と響き渡ってしまいました。
1カ月前に用事で地元に帰った時、ケン君という友達とファミリーマートにタバコを買いに行きました。店内に入るとそこには16年ぶりに会う三ツ橋の姿がありました。僕たちは挨拶をしましたが、三ツ橋の方はなんだかよそよそしく、会話もそこそこに店の外へと出て行ってしまいました。
ケン君と顔を見合わせて、「アイツ何か変やなあ」と言ってコンビ二の窓越しに出ていった三ツ橋を探しました。するとコンビニの横の方から、めちゃくちゃカワイイ女の子が自転車に乗って出てきました。その荷台には、三ツ橋が乗っていました。目が合うと三ツ橋は、週末の夜に男二人でいるお前らに悪いな、という顔をしていました。はにかんだ三ツ橋の口には、もう矯正器具はありませんでした。僕は心の中で小さく感動していました。
「やったな三ツ橋、三ツ橋に春が来た」。
「向田邦子×久世光彦スペシャルドラマ傑作選」に、「春が来た」という作品があります。売れ残ったOLの主人公がある優しい男と恋仲になり、それまで荒んでいた主人公やその家族の生活が、まるで春が来たかのように明るく朗らかなものへと立て直っていきます。やがて二人の恋は終わってしまい、彼女と彼女の家族に春をもたらした男は去ってしまいますが、彼女たち一家は春を感じた素晴らしさを忘れることなく、日常を歩むようになったのです。
だから三ツ橋君、あのカワイイ彼女といつか別れるだろうけど、大事なのは「春が来た」ことではなく、「春を感じた」ことなのです。