第8回:春が来た

2009年11月04日

 中学の同級生に三ツ橋という男がいました。この男、結構な面食いで、喋ったことも無い顔のカワイイ女の子にすぐ恋をしてしまう癖をもっていました。
「お前顔だけで選んでるやん」と僕が止めるのも聞かず、三ツ橋は告白し、知っているだけでも6回告白し、撃沈し、そして落ち込むのでした。落ち込むと三ツ橋はいつも僕に相談してきました。「そら喋ったことないってことは、お前と同じで向こうもお前の顔でしか判断でけへんで、そら無理やろう」と僕は容赦なく事実を伝えました。
 三ツ橋は、良く言えば槇原敬之で、悪く言えば『がきデカ』のこまわり君に似ていました。歯の矯正を付けたり取ったりを繰り返し、口の端にはよく唾が溜まっていました。でも僕は、三ツ橋をうらやましいと思う部分もありました。僕は三ツ橋と正反対で自分の顔や周りの目が気になり、好きな人に告白する事が苦手なタイプでした。
 向こう見ずな三ツ橋は、フラれる度に2階にある教室の窓から飛び降りようとしました。初めはみんなビックリして駆け寄り、説得し、なんとか止めようとしましたが、三ツ橋はその後も何度か告白してはフラれ、その度に窓の枠に足を掛け、みんなも僕も徐々に「こいつ明らかに好きな女の子に自分の真剣ぶりをアピールしているだけや」と気付きはじめました。三ツ橋のフラれては自殺する話はアッという間にみんなの知るところとなりました。それでも、みんな形だけは止めていました。
 ある日、三ツ橋が「オレ、やっとわかったわ。ホンマに好きな人」と僕に懲りずに相談してきました。「今度は顔だけで選ばずに、ちゃんと仲良くなってから告白した方がええで」と僕はアドバイスしてみました。三ツ橋は今回こそ、と思ったのか、半年間じっくり時間をかけて好きな子と仲良くなり、そしてフラれました。
「もう死ぬわ」と窓枠に足を掛ける三ツ橋にみんなはもう慣れすぎて、とうとう「早よ死ねや」という言葉さえ出るようになりました。止められると思っていた三ツ橋は一瞬たじろぎましたが、引っ込みがつかなかったのか、「ホンマに死ぬからな」と言いました。そう言いながらも、それ以上窓の外へ踏み出せないのは誰もが知っていました。そして、「ホンマに死ねや」と言う言葉が教室に次々と響き渡ってしまいました。

 1カ月前に用事で地元に帰った時、ケン君という友達とファミリーマートにタバコを買いに行きました。店内に入るとそこには16年ぶりに会う三ツ橋の姿がありました。僕たちは挨拶をしましたが、三ツ橋の方はなんだかよそよそしく、会話もそこそこに店の外へと出て行ってしまいました。
 ケン君と顔を見合わせて、「アイツ何か変やなあ」と言ってコンビ二の窓越しに出ていった三ツ橋を探しました。するとコンビニの横の方から、めちゃくちゃカワイイ女の子が自転車に乗って出てきました。その荷台には、三ツ橋が乗っていました。目が合うと三ツ橋は、週末の夜に男二人でいるお前らに悪いな、という顔をしていました。はにかんだ三ツ橋の口には、もう矯正器具はありませんでした。僕は心の中で小さく感動していました。
「やったな三ツ橋、三ツ橋に春が来た」。

「向田邦子×久世光彦スペシャルドラマ傑作選」に、「春が来た」という作品があります。売れ残ったOLの主人公がある優しい男と恋仲になり、それまで荒んでいた主人公やその家族の生活が、まるで春が来たかのように明るく朗らかなものへと立て直っていきます。やがて二人の恋は終わってしまい、彼女と彼女の家族に春をもたらした男は去ってしまいますが、彼女たち一家は春を感じた素晴らしさを忘れることなく、日常を歩むようになったのです。

 だから三ツ橋君、あのカワイイ彼女といつか別れるだろうけど、大事なのは「春が来た」ことではなく、「春を感じた」ことなのです。

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プロフィール



宇野祥平

1978年、大阪府生まれ。主演した短篇映画『女』『鵜野』(両作とも監督・前田弘二/05)がひろしま映像展2005でグランプリと演技賞を受賞し注目を浴びた。以降『オカルト』(監督・白石晃士/09)『超・悪人』(監督・白石晃士/11)等の映画に主演。その他の映画出演作に『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(監督・松岡錠司/06)『フレフレ少女』(監督・渡辺謙作/08)『くりぃむレモン 旅のおわり』(監督・前田弘二/08)『ウルトラミラクルラブストーリー』(監督・横浜聡子/09)『ゲゲゲの女房』(監督・鈴木卓爾/10)『NINIFUNI』(監督・真利子哲也/11)『劇場版 神聖かまってちゃん/ロックンロールは鳴り止まないっ』(監督・入江悠/11)『婚前特急』(監督・前田弘二/11)『ハラがコレなんで』 (監督・石井裕也/11)『キツツキと雨』(監督・沖田修一/12)『苦役列車』(監督・山下敦弘/11)『黄金を抱いて翔べ』(監督・井筒和幸/12)『横道世之介』(監督・沖田修一/13)など多数。『舟を編む』 (監督・石井裕也)、『ぼっちゃん』(監督・大森立嗣)が現在公開中。テレビドラマには『深夜食堂』(09、11/TBS)に準レギュラーとして、『D×TOWN~太陽は待ってくれない~』(12/TX)では準主役として出演。BeeTVにて配信中のドラマ『午前3時の無法地帯』にもレギュラー出演している。舞台においても『真夜中vol.3鳥ト踊る』(作・演出:ノゾエ征爾/11)、あうるすぽっとプロデュース『季節のない街』(作・演出:戌井昭人/12)などに出演。

ひとこと・ふたこと

宇野さんが紹介した映画『自由が丘で』は2014年12月13日(土)シネマート新宿ほかにて全国順次公開です。