第24回:婚前特急

2011年03月07日

 春になってきました。
 芽生えの季節独特の陽気に包まれて、2011年4月1日に前田弘二監督の『婚前特急』という映画が公開されます。僕も出演させていただきました。
 物語は、吉高由里子さん演じる主人公チエちゃんが5人の男性と同時に付き合うさなか、結婚とは何か? と意識したことから始まります。
 結婚とは何か?

 
 ある春のことでした。友人キンジョウ君が、仕事で東京に行くから会おう、と連絡をくれました。
 キンジョウ君は小学生のとき通っていた学童保育から20年来の付き合いで、僕が大阪に住んでいる頃は頻繁に会っていました。しかし僕が上京して3年、お互い日常に追われて一度も会うことなく、久しぶりの再開でした。
 キンジョウ君は男前でした。勉強が出来、スポーツ万能、さらさらの髪、群を抜いた端正な顔立ちで、水嶋ヒロ、いや『キャンディ・キャンディ』のアンソニーのような男でした。それなのに、僕を含め、下品がベースの大阪の少年とも楽しく話せる気立てのいい男でもありました。
 春らしい暖かい夜、僕はバイトを終えて、歩いてキンジョウ君と待ち合わせたバーへ向かいました。キンジョウ君が泊まるビジネスホテルと同じ赤坂にあるバーでした。
 店に入るとキンジョウ君はもう来ていました。今やキンジョウ君は妻一人子一人のサラリーマンのオッサンであるはずなのに、カウンターの椅子に腰掛ける姿は渋さが増した分、前に見たときよりもなお、素敵になっていました。
 うっとりしたいやらしい目で彼を見る赤坂のOL達を通り抜け、僕はキンジョウ君の隣に腰掛けました。
 その晩僕達は思い出話に花が咲き、大いに酔っ払いました。もっと落ち着くところで呑もうと、僕たちはキンジョウ君の宿へと場所を移すことにしました。道では猫が金切り声をあげ、発情して鳴いている夜中でした。
 宿に着いて、
「何回か会ったと思うねんけどモグロって覚えてる? あいつカンベツショ入ったって知ってたっけ」
「え、なんで?」
「引ったくり、アイツけっこうええとこやでってカンベツショから電話かけてきよってん」
「あほやな」
「なあ」
「しゃぶられたんかな」
「え?」
「カンベツショいうたら、証としてしゃぶられて出てくるやろ」
「なんでやねん」
「そらそやろ。ハハハ」
「エヘエヘ」
「やっぱ、ええなあ、宇野君。やっぱ友達はええなあ。大阪の奴は大概結婚してるから、なかなかゆっくりこうは呑まれへんからなあ」
「そやろなあ。俺も大阪帰っても嫁さんいる奴は誘いづらいな。でもキンジョウ君も嫁さんおるやんか」
「そやな、大阪やとこうはいかんわ。宇野君は家ないしのびのび楽しそうやな」
「そんなことないで、居候は肩身が狭いで。おるとこないからバイトばっかしてるで」
「いや、うん、やっぱ友情が一番やな。証残そか」
「え?」
「証残そか」
 と言ってキンジョウ君は僕のズボンとパンツを一気に下ろしました。僕のチンチンが一気に出ました。一気に出たチンチンを見て二人とも笑いました。
 調子に乗ったキンジョウ君は僕をベッドに押し倒して跳ねるチンチンを見てさらに笑いました。僕も調子に乗って「なにすんねん」「いややいやや」などと言いながらわざとチンチンを跳ねさせました。
 僕達は小学生に戻ったかのようにアホな劇を大笑いで始めました。キンジョウ君までなぜかチンチンを出し、跳ねさせ、「友情の証や!」と叫んでいました。そして「俺は証が欲しいんや!」と、上がサラリーマンで下がチンチンで顔が男前の叫ぶキンジョウ君は僕のマウントをとりました。
「いやがったらあかん! いやがったらあかんねん!」
「いやや! いやや!」
「友情の証を絶対に残さなあかん!」
「証ってなんやねん!」
 するとキンジョウ君は僕の上で回転しました。つまり僕のビジョンはキンジョウ君の顔からキンジョウ君のチンチンになりました。つまり僕のチンチンはキンジョウ君のものになりました。
「アンソニー!!」叫びながらも僕は一瞬「あれ?」と思いました。
 思っている間にも僕のチンチンがどんどんキンジョウ君、改めアンソニーのものになっていきました。
「アンソニーとして吸ってんねんやろ? そうやんな? キンジョウ君として吸ってんねんやったら俺笑われへんやん、いや、あかんわ、俺もう笑ってないで」と思った瞬間、跳ね起きてキンジョウ君から体を離しました。キンジョウ君ももう笑っていませんでした。
「友情しか無いねんやから。証が欲しいんや」とキンジョウ君は真剣に言いました。
 劇はどこで終わっていたのでしょうか。
 帰り道、恵まれているように見えるのにいつも悲しいものがちらついているキンジョウ君の顔を思い浮かべました。僕はキンジョウ君の本気さを感じました。けれど「友情の証」を一緒に残すことは出来ませんでした。「友情の証」とはそもそも何か? 一線を越えることは友情に必要なのか? もしかすると春の夜風に乗せられただけで友情とは関係無いのでは?
 猫はまだ金切り声で鳴いていました。思えば二人で演じた滑稽な劇は悲劇だったのかもしれません。チンチンがふわふわと落ちつかない春の夜のことでした。

 
 結婚とは何か?
 仕事が出来て美人な方だが実は一人で飯の食えない寂しい女、チエちゃん。親友の結婚を見て、何か? を追いかけはじめます。答えを探して原付を走らせそして転がるチエちゃんの姿は、僕の上で回転したキンジョウ君そのものでした。切実に答えを求めており、滑稽でした。
 しかし『婚前特急』は僕とキンジョウ君の劇とは違い、一歩先を行く、進歩の物語でした。進歩は悲劇を喜劇に転じました。僕はキンジョウ君を吸わなかったことを後生悔やみます。もし僕が一線を越えて友情の証をキンジョウ君に見せていたのなら、あの劇はきっと喜劇になっていたことでしょう。
 春、「喜劇 婚前特急」にぴったりの季節になってきました。
 ここで一句。

 
 芽が生えて 花咲くまでの 喜劇かな
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プロフィール



宇野祥平

1978年、大阪府生まれ。主演した短篇映画『女』『鵜野』(両作とも監督・前田弘二/05)がひろしま映像展2005でグランプリと演技賞を受賞し注目を浴びた。以降『オカルト』(監督・白石晃士/09)『超・悪人』(監督・白石晃士/11)等の映画に主演。その他の映画出演作に『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(監督・松岡錠司/06)『フレフレ少女』(監督・渡辺謙作/08)『くりぃむレモン 旅のおわり』(監督・前田弘二/08)『ウルトラミラクルラブストーリー』(監督・横浜聡子/09)『ゲゲゲの女房』(監督・鈴木卓爾/10)『NINIFUNI』(監督・真利子哲也/11)『劇場版 神聖かまってちゃん/ロックンロールは鳴り止まないっ』(監督・入江悠/11)『婚前特急』(監督・前田弘二/11)『ハラがコレなんで』 (監督・石井裕也/11)『キツツキと雨』(監督・沖田修一/12)『苦役列車』(監督・山下敦弘/11)『黄金を抱いて翔べ』(監督・井筒和幸/12)『横道世之介』(監督・沖田修一/13)など多数。『舟を編む』 (監督・石井裕也)、『ぼっちゃん』(監督・大森立嗣)が現在公開中。テレビドラマには『深夜食堂』(09、11/TBS)に準レギュラーとして、『D×TOWN~太陽は待ってくれない~』(12/TX)では準主役として出演。BeeTVにて配信中のドラマ『午前3時の無法地帯』にもレギュラー出演している。舞台においても『真夜中vol.3鳥ト踊る』(作・演出:ノゾエ征爾/11)、あうるすぽっとプロデュース『季節のない街』(作・演出:戌井昭人/12)などに出演。

ひとこと・ふたこと

宇野さんが紹介した映画『自由が丘で』は2014年12月13日(土)シネマート新宿ほかにて全国順次公開です。