第9回:ザ・フロントたち

2009年11月18日

『ザ・フロント』(1976年)は、表向きの人物、代理人という意味のタイトルがつけられた、マーティン・リット監督の映画です。50年代ハリウッドでは多くの俳優や脚本家が赤狩りにあい、追放された事件がありましたが、この映画の舞台はテレビ業界で、ウディ・アレン演じる主人公のウェイターがテレビ脚本家の代理人「ザ・フロント」としてその時代を目撃する様が描かれております。
 この映画に僕はウディ・アレンの最高の演技を見ました。物語をウディ・アレンは顔だけで見せていました。始めは代理人としてこれまでとは違う華やかな地位に浮かれている顔が、徐々に緊張感持ち、仕舞いには、いわれのない赤狩りの迫害を受けた人々の代表のように、その顔は怒りと真剣な訴えに覆われていました。ウディ・アレンの顔と物語に引き込まれた僕もまた、笑い、緊張し、そして感動していました。
 代理人、ザ・フロント。僕もそういう男を一人知っています。その男がフロントとなったのは中学時代のことです。その夜、僕は友達の青っちと盗んだ原付バイクにそれぞれ乗って走っていました。すると通りがかった歩道橋の下にハンドルが右に倒れている原付バイクを見つけました。右に倒れたハンドル、明らかにロックのかかっていない状態でした。幸運なことに、カギまで付いていました。めぼしいバイクにいつも目を光らせていた僕達は、すぐさまそのバイクの回収にとりかかりました。
 しかし回収したはいいものの、僕らは二人、バイクは三台。乗って帰れない。せっかく見つけたのにもったいない。そこで僕らは、その男を呼び出しました。彼は自転車で三十分程でやって来ました。「ナイ坊」と、僕らはその男を呼んでいました。
 ナイ坊は原付に乗ったことがありませんでした。映画の中のウディ・アレンと同じく、頼りないフロント(運転代行者)として彼は代行をスタートさせたのでした。
 ナイ坊に簡単に運転の仕方を教え、僕達は走り出しました。広い環状道路を、青っち、僕、ナイ坊の順でしばらくひた進みました。初めてのわりには、ナイ坊は安定した走りでした。僕と青っちがザ・フロントの仕事ぶりに安心しはじめ、お喋りする余裕もでてきた頃、赤信号で止まり、ふとサイドミラーで後ろを見ると、ナイ坊の姿が無くなっていました。振り返ってもカーブする無人の道路が見えるばかりで、焦って僕らはUターンしました。すると二つばかり信号を戻った所で、ナイ坊が転倒していました。
 青っちが「ナイ坊大丈夫か!?」と駆け寄ると、「青っちはナイ坊ってゆうな!」と怒っており、さらにバイクを起こすとアクセルを回してしまい、ウィリーしながら引きずられる形となり、また倒れてしまいました。
 家までの道程はまだ長いので、僕らは仕方なく近くの公園に行って、ナイ坊にバイクの特訓をさせることにしました。最初は「なんでオレがこんなんせなアカンねん」と怒っていたナイ坊も、上達するにつれて機嫌が良くなり、仕舞いには「オレ、これもらってええん?」と少し喜んですらいました。
 特訓の後、僕らは順調に家の近くまで来ました。すっかり原付の乗り心地に魅了されたナイ坊は、「あんまりガソリンないから入れてくるわ、どうしたらええん?」と聞いてきたので、僕は「ナイ坊のやつはカギあるし、エッソ行ったら店員に入れてもらえるで」と教えました。ナイ坊はすぐに「待っといてや」と言って、近くのエッソへと原付を走らせて行きました。
 しかし、ナイ坊はガソリンを入れるだけなのになかなか戻って来ませんでした。僕らは三十分程待ち、段々と不安が募ってゆきました。青っちが「あいつ捕まったんちゃうん」と言うと、僕たちの不安は最高潮に達し、急いでナイ坊のいるエッソへと向かいました。
 エッソに着くとすぐ、ナイ坊を見つけました。エッソは真っ暗で完全に店は閉まっているのに、ナイ坊はバイクにまたがったまま、僕に言われた通り店員を待っていました。原付のライトで浮かび上がるナイ坊を、少し離れた所から青っちと僕はじっと見ていました。
 その姿はザ・フロントというより、初めて盗んだ原付バイクにまたがる少年窃盗犯そのものでした。

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プロフィール



宇野祥平

1978年、大阪府生まれ。主演した短篇映画『女』『鵜野』(両作とも監督・前田弘二/05)がひろしま映像展2005でグランプリと演技賞を受賞し注目を浴びた。以降『オカルト』(監督・白石晃士/09)『超・悪人』(監督・白石晃士/11)等の映画に主演。その他の映画出演作に『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(監督・松岡錠司/06)『フレフレ少女』(監督・渡辺謙作/08)『くりぃむレモン 旅のおわり』(監督・前田弘二/08)『ウルトラミラクルラブストーリー』(監督・横浜聡子/09)『ゲゲゲの女房』(監督・鈴木卓爾/10)『NINIFUNI』(監督・真利子哲也/11)『劇場版 神聖かまってちゃん/ロックンロールは鳴り止まないっ』(監督・入江悠/11)『婚前特急』(監督・前田弘二/11)『ハラがコレなんで』 (監督・石井裕也/11)『キツツキと雨』(監督・沖田修一/12)『苦役列車』(監督・山下敦弘/11)『黄金を抱いて翔べ』(監督・井筒和幸/12)『横道世之介』(監督・沖田修一/13)など多数。『舟を編む』 (監督・石井裕也)、『ぼっちゃん』(監督・大森立嗣)が現在公開中。テレビドラマには『深夜食堂』(09、11/TBS)に準レギュラーとして、『D×TOWN~太陽は待ってくれない~』(12/TX)では準主役として出演。BeeTVにて配信中のドラマ『午前3時の無法地帯』にもレギュラー出演している。舞台においても『真夜中vol.3鳥ト踊る』(作・演出:ノゾエ征爾/11)、あうるすぽっとプロデュース『季節のない街』(作・演出:戌井昭人/12)などに出演。

ひとこと・ふたこと

宇野さんが紹介した映画『自由が丘で』は2014年12月13日(土)シネマート新宿ほかにて全国順次公開です。