第12回:オアシス

2010年01月27日

 イ・チャンドン監督の『オアシス』(2002年/韓国)という映画は、僕の大好きな愛の物語です。主人公は前科3犯の男と、重度の脳性麻痺の女で、二人共に社会に順応できない障害を持っています。
 二人の恋はまるで「ロミオとジュリエット」のように残酷な状況で始まります。誰がどう見てもうまくいくはずのない恋だ、と思いながら映画を観進めていくと、映画の終盤には不思議と、普通の純愛を障害者というだけで歪められてしまうムズがゆさを感じ、さらに先へ進むと、ムズがゆささえ感じないほど主人公達の恋する気持ちで頭がいっぱいになってしまうのです。ただただ、二人の恋がうまくいきますように、と純粋に祈れる数少ない映画です。

 僕の小学校からの幼なじみのオサム(仮名)と、中卒でスーパーのレジ打ちをして働くウダアキ(仮名)、二人は何の障害も持っていないのにあまり社会に順応していないようでした。
 僕とオサムはいわゆる腐れ縁でした。二人でいるとロクなことをしないので、親からも先生からも会ってはいけないと約束させられていました。
 僕がオサムからウダアキを紹介されたのは、高校生の時でした。それぞれ別の高校へ進んだので、久々の再会でした。「オモロイ女おんねん」とオサムは僕に連絡をよこしてきたのです。
 久々に会ったオサムはインパルスというバイクに乗って来ており「後ろに女の子乗っけて何回もエンジンブレーキかけて何回も背中におっぱい当てたんねん」と言っていました。相変わらずのオサムに僕は嬉しくなり、二人で意気揚々と「オモロイ女」を見に向かいました。
 オサムがあらかじめ待ち合わせていた場所に二人で待っていると、やがてウダアキがやって来ました。小太りで、小さい紫色のトンボのチャリを押しながら笑顔で向かってくるその顔は、まさしくバカボンの女版でした――ウダさんの顔をこんな風に書いてしまい申し訳ないので書き添えますが、オサムは「はじめ人間ギャートルズ」のドテチンに似ており、僕は中日の山本昌に似ています。
 僕の見たところ、ウダアキは完全にオサムに惚れていました。けれど、オサムはウダアキに冷たい、を通り越して酷いもいいとこでした。僕はオサムとちょくちょく会う中で、ウダアキに対する酷い仕打ちを何度も目撃することとなりました。
 オサムはウダアキに、「鳥澤」という男に女を紹介させていました。ウダアキの家に行って卒業アルバムなどを物色し、目ぼしい女の子を「鳥澤」に紹介させるのです。僕も女の子を選ぶ場にいたことがあり、またオサムが「鳥澤」として、選んだ女の子に会う場にもいたことがありました。酷いことです。
 そんなことを知ってか知らずか、ウダアキは「鳥澤」に女を紹介し続けました。もし知っていたとしても、オサムと会う理由が欲しいがためにウダアキは紹介していたのだと思います。ウダアキにはそれくらいオサムへの情熱が感じられました。オサムも口では酷いことばかり言っていましたが、なんだかんだウダアキとは会い続けていました。僕は二人が歪んではいるけど、好き合っているように見えました。
 そして僕とオサムは、また自然と会わないようになりました。オサムとウダアキの最初の出会いから二年ほどが経った頃でした。僕は「オールージュ」というカラオケ屋でアルバイトしていました。ある日、出勤すると店長が「あんなあ、10年夜中働くとなあ、指でホッペタ押しても戻らんようなんねん」と話しかけてきて、「あんな、オモロイ女おんねん」と続けると、店の各部屋に置いてある、客が意見などを自由に書けるノートの一冊を持ってきて僕に見せました。そこには、一人の女の恋人との赤裸々な悩み事が長々と書き連ねられていました。
「何ですかコレ」と店長に聞くと、店長はその文面を指し、笑いながら「純愛やろ。でもこの女の顔なあ……」とその女の似顔絵を描きはじめたのです。10秒ほどで描き終えたその似顔絵は、まさにバカボンの顔でした。
 僕が驚いて何も言えないままその似顔絵を見ていると、店長は「ほんまやって、ほんまにバカボンの顔やねん」と笑い続けていました。ノートに書かれたバカボン似の女の恋人の名前を改めて見ると、「オサム」とありました。僕は二人が二年経ったその時も付き合っていたことに驚き、そしてなんとなくこの狭い世界が嫌いだな、と思いました。 

『オアシス』の主演女優であるムン・ソリさんがこの映画のインタビューで、「愛が唯一、二人のオアシスでした」と言っていました。僕にはどうしてもオサムとウダアキが、狭く小さな世界の中に二人だけのオアシスを持っていたように思えてなりません。

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プロフィール



宇野祥平

1978年、大阪府生まれ。主演した短篇映画『女』『鵜野』(両作とも監督・前田弘二/05)がひろしま映像展2005でグランプリと演技賞を受賞し注目を浴びた。以降『オカルト』(監督・白石晃士/09)『超・悪人』(監督・白石晃士/11)等の映画に主演。その他の映画出演作に『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(監督・松岡錠司/06)『フレフレ少女』(監督・渡辺謙作/08)『くりぃむレモン 旅のおわり』(監督・前田弘二/08)『ウルトラミラクルラブストーリー』(監督・横浜聡子/09)『ゲゲゲの女房』(監督・鈴木卓爾/10)『NINIFUNI』(監督・真利子哲也/11)『劇場版 神聖かまってちゃん/ロックンロールは鳴り止まないっ』(監督・入江悠/11)『婚前特急』(監督・前田弘二/11)『ハラがコレなんで』 (監督・石井裕也/11)『キツツキと雨』(監督・沖田修一/12)『苦役列車』(監督・山下敦弘/11)『黄金を抱いて翔べ』(監督・井筒和幸/12)『横道世之介』(監督・沖田修一/13)など多数。『舟を編む』 (監督・石井裕也)、『ぼっちゃん』(監督・大森立嗣)が現在公開中。テレビドラマには『深夜食堂』(09、11/TBS)に準レギュラーとして、『D×TOWN~太陽は待ってくれない~』(12/TX)では準主役として出演。BeeTVにて配信中のドラマ『午前3時の無法地帯』にもレギュラー出演している。舞台においても『真夜中vol.3鳥ト踊る』(作・演出:ノゾエ征爾/11)、あうるすぽっとプロデュース『季節のない街』(作・演出:戌井昭人/12)などに出演。

ひとこと・ふたこと

宇野さんが紹介した映画『自由が丘で』は2014年12月13日(土)シネマート新宿ほかにて全国順次公開です。