第13回:ワンス・アポン・ア・タイム・イン・競艇場<前編>

2010年02月24日

 僕が大阪から上京して少し経った頃、東京駅で人と会う約束をして構内にある喫茶店で待っていました。僕が座ってしばらくすると、ザキさんはやってきました。相変わらず、少し昔のアメリカ人にも尾崎豊にも見える服装で、ゆがんだ口元が卑屈な性格を物語っていました。
 ザキさんは競艇の実況アナウンサーを目指していました。だから僕はザキさんが「東京行くから会おか」と連絡をよこしてきたとき、もしかしたら実況の仕事が出来てこちらに来るんだろうか、と久しぶりに会うザキさんの近況を楽しみにしていました。
「いや、金がぜんぜん回らんから東京のいい弁護士さん紹介してもらったから何回か来てんねん。破産したろかと思ってんねん」と、ザキさんは席に着くなり近況を話しました。「その弁護士が亡くなってもうて、金融会社からめっちゃオレに電話かかってくんねん」とひっきりなしにかかってくる電話を無視しながら教えてくれました。 
 ザキさんと初めて会ったのは、大阪の競艇場でした。当時僕はそこでアルバイトをしていました。僕の仕事場はテレビ室という、レース中継や場内のモニター、監視カメラなど場内の映像全般を管理する部屋で、社員と、僕の他にも5、6人のアルバイトがそこで働いていました。
 レース中以外は暇で16時には帰れるという楽な仕事のためか、若い学生がアルバイトのほとんどでした。当時30過ぎのザキさんもたまにそのアルバイトに来ていました。昔そこでバイトをしていたため、人が足りない時だけ臨時要員として呼ばれており、といっても数合わせにすぎないためザキさんは暇そうに働いていました。
 レース中もすることがないのでたいがい隅に座っていました。座ってガラス越しで繰り広げられているレースの様子を誰に聞かすでもなくずっと実況し続けていました。
 僕はそれを初めて聞いたとき、天才だと思いました。競艇場のアナウンサーよりもあきらかに魅力的で強い競艇への愛情が感じられました。ザキさんは実況を偶然聞いた誰かにほめられると、少し喜んでいるような、邪魔くさがっているような、どう捉えていいのかよく分からない態度をとっていました。そんな可愛げのない性格のせいか、競艇場の中で特別仲の良い人はいないようでした。
 僕はとにかくザキさんの実況アナウンスに感動し、何度か一緒に飲みにも連れて行ってもらいました。ザキさんがパチンコが好きで借金が少しあることや、誰よりも競艇が好きだと自負していることや、こんなに競艇が好きなのだから必ず最後の最後には自分の実況アナウンスが認められて勝つと何でか信じていることを知りました。
 一度、ザキさんの住まいにも飲んだ帰りに訪れました。古い公団住宅で、20階程もある高い建物の上の方にザキさんの部屋はありました。二人で深夜のエレベーターに乗り込むと、ザキさんはボタンの前でじっとスタンバイのするような姿勢をとりました。
 何してんのかと思って聞くと、「夜9時過ぎると、防犯で1階ごとに扉開くから閉める用意」と言って、エレベーターの扉が開く度に最短で閉まるように秒数を計ってボタンを十何回押すのです。毎日そうやって部屋に帰るザキさんがストイックにも寂しくも見えました。部屋の中はシミだらけで、押入れにはたたまれたダッチワイフが二人いました。ザキさんの部屋の中のことは、それしか覚えてません。 東京駅の喫茶店でザキさんは今でも競艇場に行っている、と言っていました。ただし、競艇場の社長にも借金があるため客としてたまに行っていたそうです。
 それからしばらくして、大阪の、やはり競艇場のバイトをしていた先輩からザキさんが万引きで警察に捕まったという話を聞きました。そのとき僕は、ザキさんが最後には勝てると言っていたときのことや、部屋の隅での実況や、ザキさんと似ているようでぜんぜん違うカトウさんのことを思い浮かべていました。 

 セルジオ・レオーネ監督の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(1984年)は、1920年代から60年代にかけてのニューヨークを舞台に主人公の少年期から老年期に至るまでを描いた作品です。
 主人公ヌードルスは貧しいユダヤ系移民の子供でした。自分と同じ境遇の友人とギャングのように結束し、チンピラのようなことばかりしています。食べてはいけないケーキが目の前にあると我慢できずに食べてしまうし、好きな女の子が出来ても自分がみじめになるし、みじめになってもチンピラのようなことをする、というような貧しい暮らしの中、ヌードルスはマックスという名の、自分と同じ移民の子供と出会います。彼らは親友となり、お互いの運命を握る仲となってゆくのです。

プロフィール



宇野祥平

1978年、大阪府生まれ。ひろしま映像展2005でグランプリと演技賞を受賞した短篇『部屋』(前田弘二監督/05)に主演し注目を浴びた後、『 東 京 タワー オカンとボクと、時々、オトン』(松岡錠司監督/06)『フレフレ少女』(渡辺謙作監督/08)他多くの話題作に出演。2009年の春公開され話題を呼んだ『オカルト』(白石晃士監督/09)で主演。2010年は『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』 (大森立嗣監督/10)や『ゲゲゲの女房』( 鈴木卓爾監督/10)など。2011年も映画を中心に活動中。

ひとこと・ふたこと

現在、TVドラマ「深夜食堂」(TBS、MBS、RKBほか)に準レギュラーで出演中。また、公開待機中の出演作に、横浜聡子監督の映画『真夜中からとびうつれ』『おばあちゃん女の子』(11月5日(土)~18日(金)まで、渋谷ユーロスペースにて公開)、石井裕也監督『ハラがコレなんで』(11月5日(土)から、渋谷シネクイントほか全国ロードショウ)がある。