第14回:深夜食堂

2010年04月07日

 2009年10月より放送された『深夜食堂』というテレビドラマがあります。松岡錠司さん、山下敦弘さん、及川拓郎さん、登坂琢磨さんの4名が監督された作品です。
 舞台は新宿の路地裏。小林薫さん演じる主人公、少し変わったマスターの小料理屋のメニューには何種類かの酒と豚汁しか書かれていません。深夜ふらりとやって来たお客さんにマスターはこう言います。
「出来るもんなら何でも作るよ」
 来るものを拒まない、母性に近いこの言葉に、そこを訪れたお客さんは安心するのかもしれません。毎回、自分の注文した一品と共に抱えている思い出や問題がぽつりぽつりと現れてそこに物語が始まるのです。
 僕は常連のカメラマン、小道役としてこの物語に何話か出演させていただきました。そして憧れていたマスターの「何でも作るよ」をカウンターで聞き、僕だったら何を注文するか……と自然と考えていました。僕の頭に現れたのは思い出の一品ではなく、モグロでした。

 モグロは高校時代の友達で、その名の通り漫画『笑ゥせぇるすまん』の喪黒福造によく似ていました。
当時モグロは、“リバティー大阪”という人権なんてなさそうな町の人権センターの近くに住んでいました。僕もまたその近所に住んでいました。そのせいで帰り道が一緒になり、自然と僕らは仲良くなりました。
 正直に言うと、僕はモグロとの仲が良くなるにつれて後ろめたい思いが強くなっていました。モグロはその容姿やカラっと明るいキャラクターもあって、学校ではおちょくられやすい人でした。僕を含め、みんな好意を持ってモグロをおちょくっていました。
しかし僕はなんとなく、モグロと大分仲が良いということを学校では伏せていたのです。モグロもそのことにはもちろん気づいていましたが、「別にかまわん」と言ってくれました。そんなモグロの大きい心によって、僕らはさらに仲良くなりました。
 モグロの住まいにもよく遊びに行きました。そこは「焼け野原」と呼ばれていました。モグロ自身もそう呼んでいました。そのボロボロの六畳一間の文化住宅で、モグロは姉ちゃんと住んでいました。隣にはモグロの父親と母親が住んでいました。二つの部屋を一家族で借りており、二つの扉の間には長靴が1個、すごく不自然に置いてありました。
 それは家族の二つの部屋の鍵の置き場所でした。常に長靴の中に入れておき、家族がどちらの部屋にも入れるようになっていました。でも片方だけの長靴はかえって注目を集めて不用心だと思い、僕はモグロに、
「長靴1個は変で目立つから2個にして1足で置いておいたほうがええで」
 と言いましたが、
「長靴2個やったらどっちに鍵入れたかわからんくなるやん」
 と言って、不自然な長靴からロールプレイングゲームのような古典的な形をした鍵を出していました。
 そんな風な住まいの構造のせいか、両親が夜の仕事をしていたせいか、モグロは放任されているのを謳歌しているようでした。そうしてモグロは事件を起こしたのです。
 その日、モグロと僕と何人かの仲間で何をするでも無く、ダラダラと過ごしていました。「金ないな」と誰かが何もせずダラダラしている原因を口にしました。するとモグロが、
「俺ちょっと行ってくるわ」と言ってふらりその場を後にしました。
 その日、モグロが戻って来ることはありませんでした。でも、そこにいた誰もが特に気に留めていませんでした。僕がモグロの母親からの電話をとったのは同じ日の深夜でした。放任主義の母親も高校生の息子がそんな時間になっても帰って来ないことを心配して、心当たりを探していました。僕は昼間モグロがふらりとどこかに行ったきりだったので分からない、と伝えました。
 モグロが「ちょっと行ってくるわ」と言っていたことを思い出したのは、翌日の新聞を見た後でした。新聞にはモグロのことを書いていました。
“少年は婦人から現金5千円の入ったバックを奪い取り、その場から逃走し、しかし50メートル程行ったところで追ってきたサラリーマン二人に取り押さえられ、少年は力つきた。”
 僕は残念な気持ちになりました。捕まえた奴と捕まえられたモグロに少しムカつき、金がなければ当たり前にひったくるこの地域にムカつきました。僕もこの地域の当たり前に染まる一人でした。でも僕は捕まらず、モグロは捕まりました。

 モグロを思い出したのは、ずっと後ろめたさを引きずっていたせいかもしれません。「何でも作るよ」という優しい言葉をモグロにも聞かせたくなったのです。こういう場所があったらモグロも捕まらなかったという気がしました。大事にするものを実感出来る場所は、あの時のモグロや僕にはありませんでした。『深夜食堂』へ連れて行きたいな、と思うのです。

 モグロが鑑別所から出た後、一度電話をもらいました。
「めっさええとこやったわ」
 と言っていました。僕はモグロのそういうカラっとしたデカイところを尊敬し憧れています。

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プロフィール



宇野祥平

1978年、大阪府生まれ。主演した短篇映画『女』『鵜野』(両作とも監督・前田弘二/05)がひろしま映像展2005でグランプリと演技賞を受賞し注目を浴びた。以降『オカルト』(監督・白石晃士/09)『超・悪人』(監督・白石晃士/11)等の映画に主演。その他の映画出演作に『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(監督・松岡錠司/06)『フレフレ少女』(監督・渡辺謙作/08)『くりぃむレモン 旅のおわり』(監督・前田弘二/08)『ウルトラミラクルラブストーリー』(監督・横浜聡子/09)『ゲゲゲの女房』(監督・鈴木卓爾/10)『NINIFUNI』(監督・真利子哲也/11)『劇場版 神聖かまってちゃん/ロックンロールは鳴り止まないっ』(監督・入江悠/11)『婚前特急』(監督・前田弘二/11)『ハラがコレなんで』 (監督・石井裕也/11)『キツツキと雨』(監督・沖田修一/12)『苦役列車』(監督・山下敦弘/11)『黄金を抱いて翔べ』(監督・井筒和幸/12)『横道世之介』(監督・沖田修一/13)など多数。『舟を編む』 (監督・石井裕也)、『ぼっちゃん』(監督・大森立嗣)が現在公開中。テレビドラマには『深夜食堂』(09、11/TBS)に準レギュラーとして、『D×TOWN~太陽は待ってくれない~』(12/TX)では準主役として出演。BeeTVにて配信中のドラマ『午前3時の無法地帯』にもレギュラー出演している。舞台においても『真夜中vol.3鳥ト踊る』(作・演出:ノゾエ征爾/11)、あうるすぽっとプロデュース『季節のない街』(作・演出:戌井昭人/12)などに出演。

ひとこと・ふたこと

宇野さんが紹介した映画『自由が丘で』は2014年12月13日(土)シネマート新宿ほかにて全国順次公開です。