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	<title>リトルモア広場 &#187; ムービー・イズ・マイン</title>
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		<title>第30回：おばあちゃん女の子</title>
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		<pubDate>Wed, 09 Nov 2011 13:25:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator>lmhiroba</dc:creator>
				<category><![CDATA[ムービー・イズ・マイン]]></category>

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		<description><![CDATA[　2011年11月5日から渋谷ユーロスペースで横浜聡子監督最新作『真夜中をとびうつれ』『おばあちゃん女の子』の2作品が公開されます。 　『おばあちゃん女の子』は野嵜好美さん演じる主人公妻はつえと、僕が演じさせていただいた夫たかしのある1日の物語です。 　当たり前かもしれませんが、僕は好きな映画を何回も観ます。もちろんおもしろいから何度も観たいのですが、何度観ても何がおもしろいのかわからないから観ている、という気持ちもあります。筋書きの立たない感情が映っているからかもしれません。理解する過程をすっ飛ばしても説得力がある映画は、不思議で、魅力的です。 　『おばあちゃん女の子』も僕はきっと何度も観てしまうと思います。感情の、不思議と魅力が観られると思います。 　第14回で書いたモグロという男がいます。高校時代の友達で、その名の通り漫画『笑ゥせぇるすまん』の喪黒福造によく似ており、心が広く、焼け野原と呼ばれる場所に建つアパートに住み、ヒッタクリで捕まった男であります。捕まったとき、鑑別所から「めっさええとこや」とモグロが電話をくれたのが、思えば最後の会話でした。その後引っ越したり電話番号が変わったりしていつのまにか連絡手段がなくなり、以来十数年会う事はありませんでした。しかし僕はモグロを忘れた事はありませんでした。謝りたい事があったのです。高校時代、モグロの心の広さをいい事に、僕はモグロに散々な仕打ちをしていました。本当は仲が良いのに人前では殴ったりしていたのです。連絡が取れなくなったのは、後ろめたさから連絡しづらくなったことも原因にありました。 　2月ほど前、僕はプリンターが欲しくて探していました。プリンターを買うのは初めての事で、どういうプリンターを探していいのかもわからないまま、ありとあらゆる電気屋をうろつき回っていました。もうすでに1ヶ月間くらい探していた頃だと思います。電気屋に入る事が癖のようになっており、その日の夕方も帰りに某大手家電量販店へ自然と入り、プリンター売り場に寄りました。売り場はメーカーごとにコーナー分けされており、それぞれに販売員が2人ほど待ち構えていました。僕は1ヶ月間悩んだ結果、これかなというメーカーＡのプリンターを見つめていました。するとＡの販売員の男が話しかけてきました。僕は以前から販売員を信用出来ません。商品の良さを説明されればされるほど、疑わしく思えてきて、販売員のカモにされるのが恐くなり、結局、買うのを止めてしまいます。このときもＡの販売員がこのプリンターのここが良いと言えば言うほど、銭のために無理矢理ポンコツを僕に押し付けようとしているように思えてきました。しかしもう1ヶ月間もそうやって毎回人を疑っていたので僕は疲れていました。もうこれ買っちゃおうかな、と思ったとき、Ａの販売員の肩越しに別のメーカーＢの販売員の男と目が合ったのです。最初、「こいつも俺をねらってる」と思い、警戒して目をそらしました。でもなんでか気になりＡの陰からもう一度Ｂの男を見てみると男はまだ僕を見つめていました。僕も今度はしっかり見てみました。Ｂの男は体が大きくがっしりとしていて、顔も大きく、口元が特徴的で喪黒福造に似ていました。 　Ｂのプリンターを提げ、モグロの仕事が終わるのを待って、2人で飲みに行きました。すぐには気づかないはずで、モグロは十数年前よりもだいぶがっちりとした体になっていました。聞けば趣味はジム通いとフットサルだと言います。僕の方も老けたのか、モグロも「誰かわからんかったわ。お前は顔が優しくなったなあ」と言いました。酷い事をした昔から比べれば優しくも見えるでしょう。僕はずっとモグロにした事を後悔し、思い出すたびに謝りたいと思っていました。だから再会が本当に嬉しく、今こそという思いで僕はモグロに謝りました。するとモグロは「そんなことあった？　覚えてないわ。気にせんでエエ」とあっけらかんと言い、今もなお心の広さをみせてくれたのです。しかしなぜでしょう、許してくれたモグロに喜ぶ反面、許すモグロの口ぶりに僕は「ア？」と反応していたのです。「なんやお前気にせんでエエって？誰に言ってんねん」と自分でも不思議なくらい自然と、懐かしい高校時代のツンケンした気持ちが蘇っていました。僕は心の中で昔の自分と戦いながらモグロと話しました。モグロは今に至った経緯を話してくれました。ヒッタクリの後、高校を辞め、大阪のうどん屋で働き、大阪の金持ちの女の人と結婚し、離婚し、千葉の海の家やペンションで働き、千葉の金持ちの女の人と付き合い、上京し、その彼女と同棲し、Ｂの販売員として働き…。 「でも彼女がホームシックになって1年前から実家に帰ってんねん。2LDKに１人や」 「そうかあ、それは寂しいなあ」 「今の楽しみは地元の仲間とフットすることや」 「大阪のやつらとよく会うんか？」 「違う違う、千葉の仲間。何人かこっちにおんねん」 お前の地元は焼け野原やろ調子乗んなよ、と昔の僕が喉元まで出てきていましたが、こらえて、「○○君覚えてる？」と楽しい昔話に話題を変えようとしました。しかしモグロは「全然覚えてへん。で千葉の彼女の実家がな…」とまた地元の話に戻してしまうのです。モグロはわざと昔の話を避けているのではなく、本当に忘れているようでした。僕はショックでした。確かにモグロの近況を聞いているとヒッタクリくらいしか目立った事の無い高校時代を忘れても仕方が無いくらいこの数十年は大変だったようですが、僕は高校時代の僕らの友情や、僕の懺悔までポイっと捨てられたようで寂しく、むかついたのです。いやむかつく資格は無いのですが、「金持ちの女は辞めといた方がエエで。苦労するで」と僕に助言するモグロに、どうしても違和感があるのです。僕の心のモグロとは再会出来ていなかったのです。 　次の日、僕はモグロに電話を何回もしました。Ｂのプリンターがポンコツだったからです。動かぬプリンターをモグロに重ねて罵りました。「いつでもわからなかったら聞いて」と仕事で使う標準語でモグロが言っていたので、仕事中かなと思いながらも電話しました。そのうちモグロと電話がつながり「プリント出来ひんねんけど」と言うと、モグロはああしてみてこうしてみてと指示をくれましたが、それでも、プリンターは動きませんでした。だんだんと腹が立ってきて「もうええわ」と電話を切り、タバコを吸っていると、どこにも差されていないプリンターの線の先っぽが見えました。 モグロに電話をして2日連続で謝りました。モグロは「エエから、気にすんなや」と言いました。モグロの声と一緒に家電量販店のざわめきが聞こえており、忙しい最中であることは間違いありませんでした。 　新しいモグロもやはり心の広い、いい奴でした。今僕がモグロを好きな理由は昔と同じ「心の広い、いい奴」という単純な一つでした。そのことを改めて感じ、モグロと再会出来たことがとても嬉しく奇跡的な事に思えます。 　人の感情は1人の中に1つではなく、複雑にいくつも持ち合わせているのに、友達や夫婦でいる理由は単純な1つであるということ。しかもそれだけで繋がっている凄さを『おばあちゃん女の子』で僕は見ました。その凄さが、よくわからないおもしろさに説得力を与えているのだ、と思うのです。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　2011年11月5日から渋谷ユーロスペースで横浜聡子監督最新作『真夜中をとびうつれ』『おばあちゃん女の子』の2作品が公開されます。<br />
　『おばあちゃん女の子』は野嵜好美さん演じる主人公妻はつえと、僕が演じさせていただいた夫たかしのある1日の物語です。<br />
　当たり前かもしれませんが、僕は好きな映画を何回も観ます。もちろんおもしろいから何度も観たいのですが、何度観ても何がおもしろいのかわからないから観ている、という気持ちもあります。筋書きの立たない感情が映っているからかもしれません。理解する過程をすっ飛ばしても説得力がある映画は、不思議で、魅力的です。<br />
　『おばあちゃん女の子』も僕はきっと何度も観てしまうと思います。感情の、不思議と魅力が観られると思います。</p>
<p style="margin-top:2.0em;">
　第14回で書いたモグロという男がいます。高校時代の友達で、その名の通り漫画『笑ゥせぇるすまん』の喪黒福造によく似ており、心が広く、焼け野原と呼ばれる場所に建つアパートに住み、ヒッタクリで捕まった男であります。捕まったとき、鑑別所から「めっさええとこや」とモグロが電話をくれたのが、思えば最後の会話でした。その後引っ越したり電話番号が変わったりしていつのまにか連絡手段がなくなり、以来十数年会う事はありませんでした。しかし僕はモグロを忘れた事はありませんでした。謝りたい事があったのです。高校時代、モグロの心の広さをいい事に、僕はモグロに散々な仕打ちをしていました。本当は仲が良いのに人前では殴ったりしていたのです。連絡が取れなくなったのは、後ろめたさから連絡しづらくなったことも原因にありました。<br />
　2月ほど前、僕はプリンターが欲しくて探していました。プリンターを買うのは初めての事で、どういうプリンターを探していいのかもわからないまま、ありとあらゆる電気屋をうろつき回っていました。もうすでに1ヶ月間くらい探していた頃だと思います。電気屋に入る事が癖のようになっており、その日の夕方も帰りに某大手家電量販店へ自然と入り、プリンター売り場に寄りました。売り場はメーカーごとにコーナー分けされており、それぞれに販売員が2人ほど待ち構えていました。僕は1ヶ月間悩んだ結果、これかなというメーカーＡのプリンターを見つめていました。するとＡの販売員の男が話しかけてきました。僕は以前から販売員を信用出来ません。商品の良さを説明されればされるほど、疑わしく思えてきて、販売員のカモにされるのが恐くなり、結局、買うのを止めてしまいます。このときもＡの販売員がこのプリンターのここが良いと言えば言うほど、銭のために無理矢理ポンコツを僕に押し付けようとしているように思えてきました。しかしもう1ヶ月間もそうやって毎回人を疑っていたので僕は疲れていました。もうこれ買っちゃおうかな、と思ったとき、Ａの販売員の肩越しに別のメーカーＢの販売員の男と目が合ったのです。最初、「こいつも俺をねらってる」と思い、警戒して目をそらしました。でもなんでか気になりＡの陰からもう一度Ｂの男を見てみると男はまだ僕を見つめていました。僕も今度はしっかり見てみました。Ｂの男は体が大きくがっしりとしていて、顔も大きく、口元が特徴的で喪黒福造に似ていました。<br />
　Ｂのプリンターを提げ、モグロの仕事が終わるのを待って、2人で飲みに行きました。すぐには気づかないはずで、モグロは十数年前よりもだいぶがっちりとした体になっていました。聞けば趣味はジム通いとフットサルだと言います。僕の方も老けたのか、モグロも「誰かわからんかったわ。お前は顔が優しくなったなあ」と言いました。酷い事をした昔から比べれば優しくも見えるでしょう。僕はずっとモグロにした事を後悔し、思い出すたびに謝りたいと思っていました。だから再会が本当に嬉しく、今こそという思いで僕はモグロに謝りました。するとモグロは「そんなことあった？　覚えてないわ。気にせんでエエ」とあっけらかんと言い、今もなお心の広さをみせてくれたのです。しかしなぜでしょう、許してくれたモグロに喜ぶ反面、許すモグロの口ぶりに僕は「ア？」と反応していたのです。「なんやお前気にせんでエエって？誰に言ってんねん」と自分でも不思議なくらい自然と、懐かしい高校時代のツンケンした気持ちが蘇っていました。僕は心の中で昔の自分と戦いながらモグロと話しました。モグロは今に至った経緯を話してくれました。ヒッタクリの後、高校を辞め、大阪のうどん屋で働き、大阪の金持ちの女の人と結婚し、離婚し、千葉の海の家やペンションで働き、千葉の金持ちの女の人と付き合い、上京し、その彼女と同棲し、Ｂの販売員として働き…。<br />
「でも彼女がホームシックになって1年前から実家に帰ってんねん。2LDKに１人や」<br />
「そうかあ、それは寂しいなあ」<br />
「今の楽しみは地元の仲間とフットすることや」<br />
「大阪のやつらとよく会うんか？」<br />
「違う違う、千葉の仲間。何人かこっちにおんねん」<br />
お前の地元は焼け野原やろ調子乗んなよ、と昔の僕が喉元まで出てきていましたが、こらえて、「○○君覚えてる？」と楽しい昔話に話題を変えようとしました。しかしモグロは「全然覚えてへん。で千葉の彼女の実家がな…」とまた地元の話に戻してしまうのです。モグロはわざと昔の話を避けているのではなく、本当に忘れているようでした。僕はショックでした。確かにモグロの近況を聞いているとヒッタクリくらいしか目立った事の無い高校時代を忘れても仕方が無いくらいこの数十年は大変だったようですが、僕は高校時代の僕らの友情や、僕の懺悔までポイっと捨てられたようで寂しく、むかついたのです。いやむかつく資格は無いのですが、「金持ちの女は辞めといた方がエエで。苦労するで」と僕に助言するモグロに、どうしても違和感があるのです。僕の心のモグロとは再会出来ていなかったのです。<br />
　次の日、僕はモグロに電話を何回もしました。Ｂのプリンターがポンコツだったからです。動かぬプリンターをモグロに重ねて罵りました。「いつでもわからなかったら聞いて」と仕事で使う標準語でモグロが言っていたので、仕事中かなと思いながらも電話しました。そのうちモグロと電話がつながり「プリント出来ひんねんけど」と言うと、モグロはああしてみてこうしてみてと指示をくれましたが、それでも、プリンターは動きませんでした。だんだんと腹が立ってきて「もうええわ」と電話を切り、タバコを吸っていると、どこにも差されていないプリンターの線の先っぽが見えました。<br />
モグロに電話をして2日連続で謝りました。モグロは「エエから、気にすんなや」と言いました。モグロの声と一緒に家電量販店のざわめきが聞こえており、忙しい最中であることは間違いありませんでした。<br />
　新しいモグロもやはり心の広い、いい奴でした。今僕がモグロを好きな理由は昔と同じ「心の広い、いい奴」という単純な一つでした。そのことを改めて感じ、モグロと再会出来たことがとても嬉しく奇跡的な事に思えます。</p>
<p style="margin-top:2.0em;">
　人の感情は1人の中に1つではなく、複雑にいくつも持ち合わせているのに、友達や夫婦でいる理由は単純な1つであるということ。しかもそれだけで繋がっている凄さを『おばあちゃん女の子』で僕は見ました。その凄さが、よくわからないおもしろさに説得力を与えているのだ、と思うのです。</p>
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		<title>第29回：愛と冒険　第五部</title>
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		<pubDate>Wed, 02 Nov 2011 13:54:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator>lmhiroba</dc:creator>
				<category><![CDATA[ムービー・イズ・マイン]]></category>

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		<description><![CDATA[　秋になって、5年暮らしたアパートを出た。 　ヒデオとムスメはヒデオの実家に先に越した。キョウコはヒデオ達が越してくる前に新しい介護人の電話番号を残して出て行った。トシオから聞いた。トシオは私とムスコの引っ越しを何故か手伝いにきた。ズラこそ新しくなっていたが、トシオの態度は毛ガニの一件の前となんら変わらなかった。トシオにムスメの様子を聞くと、「ネエさん今の子はそのへんたくましいんや！　アメリカンナイズされとるからな！　離婚の2、3ベンなんてどうって事ないわ！　大人より大人や！　ははは！　いや、大人が子供や！　ネエさんも兄ちゃんも負けとる負けとる！　キョウコも負けや負け！　俺は勝ちやで？　逃げてへんもん大人だもん。ロマンチックな大人なのよ。嘘やないでホンマやで！」と言っていた。 　私は知り合いのクリーニング屋を継いだ。平屋で手前が店、奥が住居。住居の真ん中へんにくっついているコンクリ張りの風呂場。風呂場についた勝手口から出る小さい庭がついている。おとついムスコが犬を拾ってきた。風呂場を犬小屋にしている。庭に大きな古い木が一本生えていて、物干を置いたらもう場所がないので犬小屋を置けなかった。勝手口を開け放して昼は庭と風呂場をぶらぶらさせている。 　今日は店の定休日で、離婚してから初めて実家へ行く。風呂場に犬を入れるムスコに「名前つけた？」と聞いたら「まだ」と言う。水も餌も全部自分でやりたがるので先に外に出る。店を抜けて、店の入り口兼玄関でムスコを待っていると、風呂場からうっすら「コロ、水のみ」とムスコの声が聞こえた。この家に来る前、引っ越しの費用を借りに弟のミツオの家にムスコと行った。ミツオは今や立派に嫁と子供3人と暮らしており、2年くらい前に家も建て、そこのきれいな芝の庭で飼っている犬の名前がコロだった。 　「はよ行くでー！　おやつ買ったらんぞー！」とムスコを呼ぶと、飛び出して来る。 　母は私が嫁に行った後、家を買った。今はそこに父と二人で暮らしている。母の土地は、まだ大阪一にはほど遠いがうまく転がってちょっと大きくなっていた。駅から5分歩いて着く。父は競艇場に出勤していて、母1人だった。家の中は静かだった。離婚する少し前から母は私を呼び戻そうとした。離婚した後、やはりこの家に来いと母は言ったが、断った。年をとり、みんないなくなって寂しいのだろう。冷たいようだが母の言葉を優しさにはとれず、勝手さばかり感じてうんざりした。 　母は昼飯にごちそうを用意していた。私がまだ学生の頃、母は少し無理してでも正月にごちそうを作ってくれた。懐かしいものばかりだった。ムスコが大喜びで食べているのを見て母が「アンタ、ちゃんと食べていけてんのか？」と私に聞いた。またこの家で暮らせと言ってくるかと思い、牽制する気持ちで「順調や」と答えた。「そうか」と言いながら母が泣き出した。 「ちょっと何お母さん？　そんなに寂しいんか？」 「あ？　何言ってんの？　ちゃうちゃう、アンタのあんときの昼飯思い出して泣けてきたわ。あのひもじいの子供と食べて…」 　母がアパートに乗り込んできた日の昼飯の事だろう。自分じゃ、そんなに粗末な物を食べているつもりはなかった。それに嫁へ行く前、もっと貧しい食事をしていた覚えがあった。 「お母さんと暮らしてるときの方が凄まじいごはんよく食べたで…」 「頼むから、子供においしいもん頼むから食べさせてや、食べれんくなったらすぐ帰ってこい」 　母に後悔が見え、私はムスメの顔が頭に浮かび、母への反発よりも同調が上回った。下を向いて肉のスープをすすっていると、ムスコが「ん？」と顔を覗き込んできた。その後は顔を上げて食べた。後悔先立たず。もっとこれから大きくなるであろう後悔に備えてたくさんごちそうを食べた。後悔しながらも役所には結局勝ちつつある母がたくましいと思えた。 　洗い物をしていると父が帰ってきた。酔っ払っており、「お前は賢い！　リコンは正義や！　ババアお前がケチな金よこすから全部負けたやないか！」と帰ってきて早々母にケンカをふっかけた。ムスコに蜜柑を剥きながら母は「うるさいハゲやでホンマ。アンタ一回も負けてない。自分の金で勝負してないやろ。ワタシの負けや」と奇襲に動じず、蜜柑を食いながらの一撃でケンカを終わらせた。帰り際父が真面目な顔して「お前早く再婚せえ。金稼いでるとろくな人間にならん」と母に隠れて言った。 　電車を降り、夕暮れの中、眠ったムスコをおぶって歩いた。電車の中から見た看板の文字が頭にある。『黒木太郎の愛と冒険』。映画かなんかのタイトルだろうか。オペラかもしれない。愛と冒険、という響きに痴話ゲンカを想像してしまう。私は沈む夕日に重ねて私たちの愛と冒険をオペラにして思い浮かべた。初めて見るオペラはくだらないしょーもない全然疲れのとれない物語だった。しかし達成感だけはあった。幕が閉じていくが誰も「ブラボー」を言わない。かわいそうなので自分だけでも「ブラボー」と言おう。本当に声に出して言ったらムスコが起きた。「何？」と言うのでブラボーやブラボー、と教えてやると、楽しそうにブラボーを何回も言う。エエぞ！　そうやブラボーや！　線路沿いの家路を、今日までの賛辞ではなく明日からの励ましのように「ブラボー！」と、ムスコと叫んだ。 　犬に餌をやりにムスコが風呂場へ行った。「おかあさーーん！」と呼ばれ行ってみると犬が死んでいた。庭に埋めようとして犬を抱き上げたら犬の下からなんか出てきてビックリして落としてしまった。コンクリも犬も固くゴンと鈍い音がした。犬の下から出ていたのは柔らかい木の芽だった。庭の老木の新芽がコンクリを突き破って出てきたようだ。ムスコよ得意のあの言葉を言おう。 「ブラボー」]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　秋になって、5年暮らしたアパートを出た。<br />
　ヒデオとムスメはヒデオの実家に先に越した。キョウコはヒデオ達が越してくる前に新しい介護人の電話番号を残して出て行った。トシオから聞いた。トシオは私とムスコの引っ越しを何故か手伝いにきた。ズラこそ新しくなっていたが、トシオの態度は毛ガニの一件の前となんら変わらなかった。トシオにムスメの様子を聞くと、「ネエさん今の子はそのへんたくましいんや！　アメリカンナイズされとるからな！　離婚の2、3ベンなんてどうって事ないわ！　大人より大人や！　ははは！　いや、大人が子供や！　ネエさんも兄ちゃんも負けとる負けとる！　キョウコも負けや負け！　俺は勝ちやで？　逃げてへんもん大人だもん。ロマンチックな大人なのよ。嘘やないでホンマやで！」と言っていた。</p>
<p>　私は知り合いのクリーニング屋を継いだ。平屋で手前が店、奥が住居。住居の真ん中へんにくっついているコンクリ張りの風呂場。風呂場についた勝手口から出る小さい庭がついている。おとついムスコが犬を拾ってきた。風呂場を犬小屋にしている。庭に大きな古い木が一本生えていて、物干を置いたらもう場所がないので犬小屋を置けなかった。勝手口を開け放して昼は庭と風呂場をぶらぶらさせている。</p>
<p>　今日は店の定休日で、離婚してから初めて実家へ行く。風呂場に犬を入れるムスコに「名前つけた？」と聞いたら「まだ」と言う。水も餌も全部自分でやりたがるので先に外に出る。店を抜けて、店の入り口兼玄関でムスコを待っていると、風呂場からうっすら「コロ、水のみ」とムスコの声が聞こえた。この家に来る前、引っ越しの費用を借りに弟のミツオの家にムスコと行った。ミツオは今や立派に嫁と子供3人と暮らしており、2年くらい前に家も建て、そこのきれいな芝の庭で飼っている犬の名前がコロだった。<br />
　「はよ行くでー！　おやつ買ったらんぞー！」とムスコを呼ぶと、飛び出して来る。</p>
<p>　母は私が嫁に行った後、家を買った。今はそこに父と二人で暮らしている。母の土地は、まだ大阪一にはほど遠いがうまく転がってちょっと大きくなっていた。駅から5分歩いて着く。父は競艇場に出勤していて、母1人だった。家の中は静かだった。離婚する少し前から母は私を呼び戻そうとした。離婚した後、やはりこの家に来いと母は言ったが、断った。年をとり、みんないなくなって寂しいのだろう。冷たいようだが母の言葉を優しさにはとれず、勝手さばかり感じてうんざりした。<br />
　母は昼飯にごちそうを用意していた。私がまだ学生の頃、母は少し無理してでも正月にごちそうを作ってくれた。懐かしいものばかりだった。ムスコが大喜びで食べているのを見て母が「アンタ、ちゃんと食べていけてんのか？」と私に聞いた。またこの家で暮らせと言ってくるかと思い、牽制する気持ちで「順調や」と答えた。「そうか」と言いながら母が泣き出した。<br />
「ちょっと何お母さん？　そんなに寂しいんか？」<br />
「あ？　何言ってんの？　ちゃうちゃう、アンタのあんときの昼飯思い出して泣けてきたわ。あのひもじいの子供と食べて…」<br />
　母がアパートに乗り込んできた日の昼飯の事だろう。自分じゃ、そんなに粗末な物を食べているつもりはなかった。それに嫁へ行く前、もっと貧しい食事をしていた覚えがあった。<br />
「お母さんと暮らしてるときの方が凄まじいごはんよく食べたで…」<br />
「頼むから、子供においしいもん頼むから食べさせてや、食べれんくなったらすぐ帰ってこい」<br />
　母に後悔が見え、私はムスメの顔が頭に浮かび、母への反発よりも同調が上回った。下を向いて肉のスープをすすっていると、ムスコが「ん？」と顔を覗き込んできた。その後は顔を上げて食べた。後悔先立たず。もっとこれから大きくなるであろう後悔に備えてたくさんごちそうを食べた。後悔しながらも役所には結局勝ちつつある母がたくましいと思えた。<br />
　洗い物をしていると父が帰ってきた。酔っ払っており、「お前は賢い！　リコンは正義や！　ババアお前がケチな金よこすから全部負けたやないか！」と帰ってきて早々母にケンカをふっかけた。ムスコに蜜柑を剥きながら母は「うるさいハゲやでホンマ。アンタ一回も負けてない。自分の金で勝負してないやろ。ワタシの負けや」と奇襲に動じず、蜜柑を食いながらの一撃でケンカを終わらせた。帰り際父が真面目な顔して「お前早く再婚せえ。金稼いでるとろくな人間にならん」と母に隠れて言った。</p>
<p>　電車を降り、夕暮れの中、眠ったムスコをおぶって歩いた。電車の中から見た看板の文字が頭にある。『黒木太郎の愛と冒険』。映画かなんかのタイトルだろうか。オペラかもしれない。愛と冒険、という響きに痴話ゲンカを想像してしまう。私は沈む夕日に重ねて私たちの愛と冒険をオペラにして思い浮かべた。初めて見るオペラはくだらないしょーもない全然疲れのとれない物語だった。しかし達成感だけはあった。幕が閉じていくが誰も「ブラボー」を言わない。かわいそうなので自分だけでも「ブラボー」と言おう。本当に声に出して言ったらムスコが起きた。「何？」と言うのでブラボーやブラボー、と教えてやると、楽しそうにブラボーを何回も言う。エエぞ！　そうやブラボーや！　線路沿いの家路を、今日までの賛辞ではなく明日からの励ましのように「ブラボー！」と、ムスコと叫んだ。</p>
<p>　犬に餌をやりにムスコが風呂場へ行った。「おかあさーーん！」と呼ばれ行ってみると犬が死んでいた。庭に埋めようとして犬を抱き上げたら犬の下からなんか出てきてビックリして落としてしまった。コンクリも犬も固くゴンと鈍い音がした。犬の下から出ていたのは柔らかい木の芽だった。庭の老木の新芽がコンクリを突き破って出てきたようだ。ムスコよ得意のあの言葉を言おう。<br />
「ブラボー」</p>
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		<item>
		<title>第28回：愛と冒険　第四部</title>
		<link>http://www.littlemore.co.jp/hiroba/mine/1437.html</link>
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		<pubDate>Wed, 02 Nov 2011 13:54:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator>lmhiroba</dc:creator>
				<category><![CDATA[ムービー・イズ・マイン]]></category>

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		<description><![CDATA[　そういえば、私がヒデオと結婚しようと決めたのは、家を出て行きたかったからである。 　結婚前、私は父と母と7人の姉弟と暮らしていた。線路沿いの一軒家、一階に台所と六畳間、二階に六畳間、外にお便所、お風呂なし、そこに10人。驚くほどぎゅうぎゅう詰めで住んでいた。とてもうるさい家だった。電車が窓のすぐ側を走っていて、家族全員怒鳴るように話した。狭い家は怒声ではちきれそうだった。私は32までそこで暮らした。 　うちの大黒柱は母だった。父が外に出て、母が家にいたから、一見ちゃんとした家庭のようだった。しかし父はスーツを着て毎朝競艇場へ出勤して行った。そして母は家で稼いだ。戦前は家で密造酒を作って稼ぎ、戦中のどさくさにその金で土地を安く買い、戦後に土地を一回転がした利益でアパートを造って家賃収入で家族を養ってきた。 私は8人姉弟の一番上で18からデパートで働き始めた。それからすぐ、母の家賃収入はストップした。アパートと土地を役所に取り上げられたのである。戦中のどさくさに母が手に入れた土地の権利書はどうも怪しいと審査が入り、権利無しと判断されたのである。 　ある日、役人がそれを伝えにきた。母は玄関先で役人に怒り狂って「戦争中の役立たずが何言ってんねん。私はズルしてへん。金払ってるんや。ズルはそっちやろ！」と怒鳴った。それから足下の砂利を摑んで投げ、役人を追い立てはじめた。そこへちょうど競艇場から父が帰ってきた。父は母が役人に言った言葉を自分が言われたと勘違いし、「なんやと！」と母に挑んで行った。母は反射的に摑んでいた砂利を父に投げつけた。父はおでこからちょっと血を流した。父はその後これみよがしに3日間寝込んだが、それはまあいいとして、それ以来母は土地に固執し始めた。 　母はもう1つ別の土地の権利書を持っていた。「アホの役人が。もひとつあんのにバレへんかったわ」と嬉しそうに見せてきた。それを売ってくれれば当面はなんとかなったのだが、母は「アホに取られへんかった土地をうちは大阪一大きくしてみせるで」と宣言した。母は家族を養うのをやめ、役所への復讐をスタートさせた。土地はすぐには大きくならない。収入源は私のデパートの給料のみとなった。 　無理だった。私の1つ下の17の弟はもちろん、12の妹もアルバイトに励み、10、8、7の弟たちも土曜日だけ八百屋でかわりばんこにバイトさせてもらった。さすがに5つ、4つの妹達は働けなかったが、姉弟で力を合わせ、ギリギリなんとかなった。翌年18になった弟ミツオが就職しちょっと楽になった。母の土地はまだ利益が出なかった。 　私が25のとき、24になった弟ミツオはすっかり我が家の大黒柱となっていた。ミツオはいい人がいたようだが、家族を食わすので手一杯で結婚を考える余裕も無く働いていた。私は嫁に行く事を考えた。食いぶちを減らして少しでもミツオに楽をさせたかった。あてもあった。 　しかしその矢先、私より先にミツオが家を出てしまった。母がミツオの名義で勝手に金を借りていたのである。持っている土地よりも高いがどうしても手に入れたい土地があったらしい。ミツオが怒るとそれ以上に母は怒った。「ほんまあほやわ何年か辛抱すればお前の稼ぎの何倍も高くなるんやで！」と母は怒鳴り、その日のうちにミツオは家を出て行った。私はデパートを辞め、スナックで働きはじめた。 　お金がいつまでも足りなく、気がついたら私は32になっていた。そのとき家には父と母と18になった一番下の妹ひとりしかいなかった。みんな高校を卒業するとさっさと出て行った。家の中で電車の音がやたらに目立った。人が減った分楽になるかと思っていたが、稼ぎ手も減るのでべつに楽にはならなかった。みんな薄情だな、と弟妹をうらめしく思ったりもするが、私が一番上なので仕方が無かった。長男のミツオはあれから結婚し所帯を持ったが母を許し帰って来る気配はなかった。私は何軒か移ったりしながらまだスナックで働いていた。言い寄って来る男もいたがみんな頼りなかった。 　ある晩店で、何回か来た事のある頭の禿げた男が一緒にオペラへ行こうと誘ってきた。私はオペラどころか歌謡曲すらまともに聞いた事がなかった。断るつもりだったが、すぐには断らずに「なんでオペラですか？」と男に聞いてみた。私はこの男があまり好きではなかった。地味な顔で禿げているが口ぶりはなんだか色男を気取っており、そのくせ会計はいつも会社宛に領収書をきらせてマメでけちくさい事をした。誘ってきたのは3回目だった。その前は映画と美術館だった。「俺と映画行きたいんやろ…？」「俺に美術館連れていかれたいんやろ…？」「俺がオペラ聞かせたろか…？」毎回誘うというよりは誘ってやったようなニュアンスを漂わせてきてちょっと腹が立った。この年で独身で、スナックで働いているというだけで哀れんでいるのか、なんか上から誘ってくるのである。私は一回裏へ行って、この男がまた来たら、と用意しておいたヒールが10センチもある靴に履き替え、戻ってきてカウンター越しに男の前に立った。見下ろすと、男はあごをバレない程度にぐっと上げた。禿を気にしているのだ。ねらい通りこうするとちょっとムカツキが和らぐ。男がいくらがんばっても私の位置からは土星そっくりな禿頭が見える。 「なんでオペラですか？」 「…なるべく遠くがええやろ？」 「オペラ遠くでやるんですか？」 「大阪球場とかちゃうか？」 「近いですよ」 「あほ、オペラなんか聞いたら外国気分や。気分は遠くやんけ」 「よく行くんですか？」 「初めてや」 「……」 「でもオペラってのはあれや外人の痴話ゲンカや。顔みたらわかる。しょーもないけどエエやろ？　外国でしょーもないもん見て笑ったら疲れとれるやろ？」 「私疲れてませんよ」 「意地はらんでエエ…」 　お前こそそんなにあご上げて意地はらんでエエ、と思いながらも、首がツらんばかりにあごの微妙な角度を保とうとする男の誘いを受けてみようかしら、とも思った。そうだ、首がツったら誘いを受けようと私は決めた。ちょっとチャンスをあげようとして何回か背伸びをしてみたが、私が転びそうになっただけで、「おっちょこちょいやな…」と土星の色男風を無駄に引き出しただけだった。結局その日、男の首はツらなかった。 　家に帰るともうみんな寝ていた。一階では父と母が寝ており、その横の台所の電気だけつけて冷たい水を1杯飲んだ。父が布団を引っぱって母の体が出ているのが薄暗い中見えた。布団を掛け直そうと母の側に行くと、寝間着がはだけていて腹巻きから何か四角い薄いのがちょっと出ていた。そーっと抜いて台所で見てみると、母名義の預金通帳だった。最終項目には私の稼ぎの3年分のくらいの額が記されていた。 　また店に禿げた男が来た。私は靴を履き替えず、横に座って、 　「このあいだ言ってたオペラ連れて行ってください」と男に頼んだ。 　次の月私とヒデオは結婚した。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　そういえば、私がヒデオと結婚しようと決めたのは、家を出て行きたかったからである。</p>
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　結婚前、私は父と母と7人の姉弟と暮らしていた。線路沿いの一軒家、一階に台所と六畳間、二階に六畳間、外にお便所、お風呂なし、そこに10人。驚くほどぎゅうぎゅう詰めで住んでいた。とてもうるさい家だった。電車が窓のすぐ側を走っていて、家族全員怒鳴るように話した。狭い家は怒声ではちきれそうだった。私は32までそこで暮らした。<br />
　うちの大黒柱は母だった。父が外に出て、母が家にいたから、一見ちゃんとした家庭のようだった。しかし父はスーツを着て毎朝競艇場へ出勤して行った。そして母は家で稼いだ。戦前は家で密造酒を作って稼ぎ、戦中のどさくさにその金で土地を安く買い、戦後に土地を一回転がした利益でアパートを造って家賃収入で家族を養ってきた。<br />
私は8人姉弟の一番上で18からデパートで働き始めた。それからすぐ、母の家賃収入はストップした。アパートと土地を役所に取り上げられたのである。戦中のどさくさに母が手に入れた土地の権利書はどうも怪しいと審査が入り、権利無しと判断されたのである。<br />
　ある日、役人がそれを伝えにきた。母は玄関先で役人に怒り狂って「戦争中の役立たずが何言ってんねん。私はズルしてへん。金払ってるんや。ズルはそっちやろ！」と怒鳴った。それから足下の砂利を摑んで投げ、役人を追い立てはじめた。そこへちょうど競艇場から父が帰ってきた。父は母が役人に言った言葉を自分が言われたと勘違いし、「なんやと！」と母に挑んで行った。母は反射的に摑んでいた砂利を父に投げつけた。父はおでこからちょっと血を流した。父はその後これみよがしに3日間寝込んだが、それはまあいいとして、それ以来母は土地に固執し始めた。<br />
　母はもう1つ別の土地の権利書を持っていた。「アホの役人が。もひとつあんのにバレへんかったわ」と嬉しそうに見せてきた。それを売ってくれれば当面はなんとかなったのだが、母は「アホに取られへんかった土地をうちは大阪一大きくしてみせるで」と宣言した。母は家族を養うのをやめ、役所への復讐をスタートさせた。土地はすぐには大きくならない。収入源は私のデパートの給料のみとなった。</p>
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　無理だった。私の1つ下の17の弟はもちろん、12の妹もアルバイトに励み、10、8、7の弟たちも土曜日だけ八百屋でかわりばんこにバイトさせてもらった。さすがに5つ、4つの妹達は働けなかったが、姉弟で力を合わせ、ギリギリなんとかなった。翌年18になった弟ミツオが就職しちょっと楽になった。母の土地はまだ利益が出なかった。</p>
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　私が25のとき、24になった弟ミツオはすっかり我が家の大黒柱となっていた。ミツオはいい人がいたようだが、家族を食わすので手一杯で結婚を考える余裕も無く働いていた。私は嫁に行く事を考えた。食いぶちを減らして少しでもミツオに楽をさせたかった。あてもあった。<br />
　しかしその矢先、私より先にミツオが家を出てしまった。母がミツオの名義で勝手に金を借りていたのである。持っている土地よりも高いがどうしても手に入れたい土地があったらしい。ミツオが怒るとそれ以上に母は怒った。「ほんまあほやわ何年か辛抱すればお前の稼ぎの何倍も高くなるんやで！」と母は怒鳴り、その日のうちにミツオは家を出て行った。私はデパートを辞め、スナックで働きはじめた。</p>
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　お金がいつまでも足りなく、気がついたら私は32になっていた。そのとき家には父と母と18になった一番下の妹ひとりしかいなかった。みんな高校を卒業するとさっさと出て行った。家の中で電車の音がやたらに目立った。人が減った分楽になるかと思っていたが、稼ぎ手も減るのでべつに楽にはならなかった。みんな薄情だな、と弟妹をうらめしく思ったりもするが、私が一番上なので仕方が無かった。長男のミツオはあれから結婚し所帯を持ったが母を許し帰って来る気配はなかった。私は何軒か移ったりしながらまだスナックで働いていた。言い寄って来る男もいたがみんな頼りなかった。<br />
　ある晩店で、何回か来た事のある頭の禿げた男が一緒にオペラへ行こうと誘ってきた。私はオペラどころか歌謡曲すらまともに聞いた事がなかった。断るつもりだったが、すぐには断らずに「なんでオペラですか？」と男に聞いてみた。私はこの男があまり好きではなかった。地味な顔で禿げているが口ぶりはなんだか色男を気取っており、そのくせ会計はいつも会社宛に領収書をきらせてマメでけちくさい事をした。誘ってきたのは3回目だった。その前は映画と美術館だった。「俺と映画行きたいんやろ…？」「俺に美術館連れていかれたいんやろ…？」「俺がオペラ聞かせたろか…？」毎回誘うというよりは誘ってやったようなニュアンスを漂わせてきてちょっと腹が立った。この年で独身で、スナックで働いているというだけで哀れんでいるのか、なんか上から誘ってくるのである。私は一回裏へ行って、この男がまた来たら、と用意しておいたヒールが10センチもある靴に履き替え、戻ってきてカウンター越しに男の前に立った。見下ろすと、男はあごをバレない程度にぐっと上げた。禿を気にしているのだ。ねらい通りこうするとちょっとムカツキが和らぐ。男がいくらがんばっても私の位置からは土星そっくりな禿頭が見える。<br />
「なんでオペラですか？」<br />
「…なるべく遠くがええやろ？」<br />
「オペラ遠くでやるんですか？」<br />
「大阪球場とかちゃうか？」<br />
「近いですよ」<br />
「あほ、オペラなんか聞いたら外国気分や。気分は遠くやんけ」<br />
「よく行くんですか？」<br />
「初めてや」<br />
「……」<br />
「でもオペラってのはあれや外人の痴話ゲンカや。顔みたらわかる。しょーもないけどエエやろ？　外国でしょーもないもん見て笑ったら疲れとれるやろ？」<br />
「私疲れてませんよ」<br />
「意地はらんでエエ…」<br />
　お前こそそんなにあご上げて意地はらんでエエ、と思いながらも、首がツらんばかりにあごの微妙な角度を保とうとする男の誘いを受けてみようかしら、とも思った。そうだ、首がツったら誘いを受けようと私は決めた。ちょっとチャンスをあげようとして何回か背伸びをしてみたが、私が転びそうになっただけで、「おっちょこちょいやな…」と土星の色男風を無駄に引き出しただけだった。結局その日、男の首はツらなかった。<br />
　家に帰るともうみんな寝ていた。一階では父と母が寝ており、その横の台所の電気だけつけて冷たい水を1杯飲んだ。父が布団を引っぱって母の体が出ているのが薄暗い中見えた。布団を掛け直そうと母の側に行くと、寝間着がはだけていて腹巻きから何か四角い薄いのがちょっと出ていた。そーっと抜いて台所で見てみると、母名義の預金通帳だった。最終項目には私の稼ぎの3年分のくらいの額が記されていた。</p>
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　また店に禿げた男が来た。私は靴を履き替えず、横に座って、<br />
　「このあいだ言ってたオペラ連れて行ってください」と男に頼んだ。</p>
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　次の月私とヒデオは結婚した。</p>
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		<title>第27回：愛と冒険　第三部</title>
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		<pubDate>Wed, 02 Nov 2011 13:54:06 +0000</pubDate>
		<dc:creator>lmhiroba</dc:creator>
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		<description><![CDATA[　ヒデオは嫁が自分の弟に殴られるのを昨日見た。 　俺は弟トシオに久しぶりに会うため、別に会いたくなかったが、仕事を終え生家に足を運んだ。そしたらなぜか嫁サチコがいた。すぐにトシオがサチコを呼んだのだとわかった。生家にはおふくろとキョウコが住んでいる。キョウコは俺に惚れている。トシオはキョウコに惚れている。だからトシオはわざわざサチコを呼んだのだ。俺が困るのを見たかったのだろう。でも俺はそんなくらいでは全然困らない。どうせ皆、俺とキョウコがいい仲なのは知っているのだ。唯一知られたくない母親は不幸中の幸い、今惚けている。 　行ってみると、俺は困らなかったがトシオは困っていた。居間に入るとトシオが手のひらでヅラとカニを受けていた。そしてトシオはサチコを殴った。 　俺も一度だけサチコを殴ったことがある。その時のことを思い出して、俺がサチコを殴った気になった。何してんねんお前、とトシオでなくサチコに怒鳴った。前も同じことを言った。 　俺は惚れられたことしかない。学生のときも大人になってからも女が俺を追ってくる。キョウコのときもそうだった。キョウコは土建屋の事務員をやっていた。地味な女だった。全然話したこともなかったが、ある日仕事が終わり事務所を出るとキョウコが追いかけてきた。領収書がどうのこうのと言ってきたが、ろくに聞かずどんどん歩いた。「ちょっと、この領収書、だめですよ…羽布団は会社じゃ…」なんやかんやと言って俺の後をついてくる。健気だったので一杯やらないかと誘ったら、用事があるから、と断られた。何の用事やと聞くとオペラへ行くと言う。しかも1人で行くと言うので「そんなしょーもないことに時間を使うな」と言ったら、神妙な顔で頷き、飲み屋についてきた。 　店では話すことがなかった。酒ばかり進み、そのうち無理矢理みたいにキョウコに身の上話を始めさせた。キョウコは見合いで20のとき結婚したが、子供の出来ない体とわかり去年29で離婚された。最初のうち旦那がよくオペラに連れて行ってくれたが、最後のころは行かなくなり、旦那の上着からオペラの券が2枚出てきたが誘われず、チケットに書いてあった公演日は過ぎた、と言った。俺は怒った。「オペラってなんやねんエラそうやねん！　養子でも何でももらえばエエやんけ！　そんなことで捨てられたらお前は一生ひとりやんけ！」とキョウコに怒った。俺は酒があまり強くなく、酔っていた。とっくりをひっくり返した。むかしおふくろが親父のひっくり返したとっくりを拾って酒と一緒に涙を拭いていたのを急に思い出した。酒を拭く手を止め弟のトシオを抱いて「あんたがいてよかった」と泣いていたのも思い出し、それを俺が横で見ていたことも思い出した。昔のことなのに今寂しくなって、酔っていたので泣いた。キョウコは酒に強く全然酔っていないようだったが、俺が同情して泣いていているのだと勘違いして「ありがと」と酒を拭きながら目を潤まして言った。それでなんとなく引っ込みがつかなくなりいい仲になった。キョウコには抱く子供がいなく、俺はおふくろに抱かれなかったので丁度いいと思った。「オペラなんてしょーもないもん行くな」とキョウコに言うと、頷いて「そやね、あんなもんしょーもない外人の痴話ゲンカもう聞いたらん」と言った。オペラは外人の痴話ゲンカやったんか、エラそうな感じがするのにやはりしょーもないんか、と内心驚きながら「せやで」とキョウコに言った。 　1週間後キョウコは土建屋を辞めた。会社の金で私物を買い込んでいると疑われ、クビにされる前に辞めた。ヘンな領収書を沢山きっていたとかどうとか、俺は事務のことはよくわからないが、飲み屋でめずらしく酔うキョウコが哀れに見え、「俺が養ってやる」とつい言った。 　言ったはいいが、養う金はなかった。仕方がないのでキョウコにアパートを引き払わせておふくろと住む家に呼んだ。キョウコがうちに来てしばらくして、キョウコの鞄を、ちょっと何入ってんやろ、と気になり覗いたら、オペラの半券が1枚入っていた。 　俺は子供が欲しかったので、キョウコとは結婚しなかった。キョウコがうちで暮らしだして3年経ち、俺は35の時サチコと結婚した。 　おふくろは反対した。「あんたキョウコさんどないするの！　養子をもらうとか、何でも出来るやない。2つも家庭持ったら、お父さんと同じやないの。どっちも不幸にするだけやないの」と泣いて言ったが俺は自分の子供が欲しかった。子供なんていらんと言った親父と俺は違う。キョウコはいいと言った。追い出されなきゃ何でもいいと言った。俺は家を出て小さいアパートに所帯を持った。 　俺が結婚したと聞いてトシオが大阪に帰ってきた。トシオはそのとき、リコーダーの行商をしていて景気が悪かった。新大阪に迎えに行くとくたびれたジャケットにジーパン、腹巻き姿の、だいぶ禿げ進んだトシオが待っていた。昔から好き勝手な弟で一度も同情などしたことがなかったが、自分と同じく30になったばかりでだいぶ禿げた頭を見て初めて同情した。小遣いをやった。 　トシオをアパートに招いてサチコと三人で飯を食べた。「ネエさん、ワイはこれから次世代のビジネスに着手するんや。下駄履いてるやつ最近見たか？これからはズックの時代や！　嘘やないでホンマやで！」と次の商売の話をトシオは延々俺たちに聞かせた。親父にそっくりでなんでもやりたがり、失敗を顧みない。失敗しても痛い目に遭ったことがないからだ。親父もこいつも責任を上手いこと俺やおふくろへ捨てて行く。「こっちのネエさんは料理アカンな兄ちゃん！」とサチコが台所に立ったときに言った。アパートは狭く、トシオの声はでかかった。 　トシオは帰りに「祝儀や！」とさっき俺が渡した小遣いから2万抜いて、1万俺に渡した。「そうや忘れてた、ネエさんに土産！」とサチコにおもちゃのような香水の小瓶を渡した。礼を言うサチコに「あっちのネエさんにだけじゃ悪いからな！」と言って帰っていった。 　トシオはキョウコにもう2、3度会っていた。サチコはキョウコに会ったことはなかったが、サチコの日記に、どこで聞いたのかキョウコのことが書いてあったので、いつのまにか知っていたようだ。俺は週に一度サチコの日記を見る。サチコは流しの下のお茶箱の中に隠している。たいしたことを書かないくせになぜ隠すのか。読んでもつまらないのだが、もしかしたらいつか、たいしたことを書くかもしれないと思うとついつい見てしまう。 　俺はその夜、サチコが寝てからむこうの家に電話した。キョウコが出た。「どないしたん？　トシオちゃんなら今ご機嫌や。さっきはおかあさん泣かせちゃって、ね、トシオちゃんからまたお小遣いもらっておかあさんうれしくって…」「兄ちゃんか！？　兄ちゃんか！？　兄ちゃんこっちのネエさん兄ちゃんおらんくっても俺がおったら全然寂しないってえー聞いたかーアホー」と途中で酔ったトシオの声が聞こえた。俺とトシオの共通点は髪型と酒に飲まれることだ。キョウコと最初の日、俺は飲まれていた、と思い出し、電話を切ってからアパートを出てむこうの家へ向かった。トシオに小遣いをやってしまったから手持ちの金がもう無く、サチコに渡していた封筒から5万抜いた。翌日おふくろに小遣いをやり、キョウコの部屋で外国製の新しい香水を見た。トシオが出て行くまでこっちで寝泊まりをした。 　ムスメが生まれ、サチコとよく喧嘩をするようになった。子供が出来たら俺がキョウコをどうにかすると思っていたらしい。なんでそう思ったのか俺にはわからない。おふくろの面倒も自分がゆくゆくはみる、と言う。当たり前じゃないか、と怒ると泣く。泣かない方の家へ行く。 　ムスメが生まれてもキョウコは怒ったり悲しんだりしなかった。それはそれで寂しいものがあり、「お前はつらないんか、なんで泣かんねん」と俺はキョウコに怒った。キョウコは「私はヒデオさんと会う前がしんどかったから、全然平気」と言った。泣く方の家へ行く。 　俺にムスメが出来たと聞いてトシオがまた帰ってきた。スニーカーが当たったのか景気が良く、ヅラが出来ていた。土産とおふくろへの小遣いも景気が良かった。俺はサチコに実家から金を借りてこさせた。おふくろから、トシオがキョウコを嫁にほしがったが、キョウコが断ったと聞いた。キョウコのことをおふくろが生意気やと言った。 　俺は惚れられる。女に追いかけられる。でもお母さんは俺を追いかけへん。お母さんが追いかけんのはいつも親父とトシオや。親父は俺が15の時に商売に失敗して女と消えよった。親父を追い続けたお母さんには借金が残った。さっさと別れて他人になっておけばよかったんや。お母さんは親父がいなくなったら今度はトシオを追いかけた。トシオのためにお母さんは働いた。俺はお母さんのために働いた。お母さんはトシオの高校進学のために、俺に高校を辞めて就職してほしいと頼んだ。お前には苦労をかけてほんまにごめんねとお母さんは泣いて言ったが、せんでもええよと甘えさせてくれたことはない。せんでもええよと言われるのはいつもトシオや。あいつや親父は逃げてるだけでええんや。追ってくるお母さんがなんとかしてくれる。俺は座って鬼ごっこを見ている。お母さんは鬼や。俺も逃げたかった。 　サチコは一度俺を追いかける途中、道を踏み外した。日記を週1チェックしたかいあって、別の男の子供が腹にいるとわかった。「何してんねんお前、ちゃんと追いかけろや」と殴ったら、サチコは「あんたのせいやないの」と殴り返してきた。止めどなく殴ってくるのでアパートを出て走って逃げた。それでもサチコは追ってきて殴った。俺はサチコの裏切りにまだ腹をたてていたが、俺を追ってきて鬼丸出しで殴ってくるサチコに満足もしていた。だから俺はサチコに子供をちゃんと産ませ、別れなかった。惜しいからではない。サチコが俺を追ってくるからだ。俺は女を追わない。なのにサチコの母親は俺をエロガッパと呼ぶ。 　今日サチコの母親が家に押しかけてきた。サチコを返せと言う。サチコが俺を追っているのに。サチコは出て行きたいんやで、と言い張る。 「今日のところはこれで勘弁したる！　でもな、あんたみたいな勝手なエロガッパのところにいつまでもサチコ置いとかへんで！！」と言ってサチコの母親は帰った。 「お前出て行きたいんか」とサチコに聞くと、「お母さんが勝手に騒いでるだけや。…でもどやろ、何であんたと結婚したんやろ？」と言う。 　日記にはこう書いてあった。 「一刻も早くヒデオさんのところへ嫁に行きたい」 　惚れとる、ということやな。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　ヒデオは嫁が自分の弟に殴られるのを昨日見た。</p>
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　俺は弟トシオに久しぶりに会うため、別に会いたくなかったが、仕事を終え生家に足を運んだ。そしたらなぜか嫁サチコがいた。すぐにトシオがサチコを呼んだのだとわかった。生家にはおふくろとキョウコが住んでいる。キョウコは俺に惚れている。トシオはキョウコに惚れている。だからトシオはわざわざサチコを呼んだのだ。俺が困るのを見たかったのだろう。でも俺はそんなくらいでは全然困らない。どうせ皆、俺とキョウコがいい仲なのは知っているのだ。唯一知られたくない母親は不幸中の幸い、今惚けている。<br />
　行ってみると、俺は困らなかったがトシオは困っていた。居間に入るとトシオが手のひらでヅラとカニを受けていた。そしてトシオはサチコを殴った。<br />
　俺も一度だけサチコを殴ったことがある。その時のことを思い出して、俺がサチコを殴った気になった。何してんねんお前、とトシオでなくサチコに怒鳴った。前も同じことを言った。</p>
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　俺は惚れられたことしかない。学生のときも大人になってからも女が俺を追ってくる。キョウコのときもそうだった。キョウコは土建屋の事務員をやっていた。地味な女だった。全然話したこともなかったが、ある日仕事が終わり事務所を出るとキョウコが追いかけてきた。領収書がどうのこうのと言ってきたが、ろくに聞かずどんどん歩いた。「ちょっと、この領収書、だめですよ…羽布団は会社じゃ…」なんやかんやと言って俺の後をついてくる。健気だったので一杯やらないかと誘ったら、用事があるから、と断られた。何の用事やと聞くとオペラへ行くと言う。しかも1人で行くと言うので「そんなしょーもないことに時間を使うな」と言ったら、神妙な顔で頷き、飲み屋についてきた。<br />
　店では話すことがなかった。酒ばかり進み、そのうち無理矢理みたいにキョウコに身の上話を始めさせた。キョウコは見合いで20のとき結婚したが、子供の出来ない体とわかり去年29で離婚された。最初のうち旦那がよくオペラに連れて行ってくれたが、最後のころは行かなくなり、旦那の上着からオペラの券が2枚出てきたが誘われず、チケットに書いてあった公演日は過ぎた、と言った。俺は怒った。「オペラってなんやねんエラそうやねん！　養子でも何でももらえばエエやんけ！　そんなことで捨てられたらお前は一生ひとりやんけ！」とキョウコに怒った。俺は酒があまり強くなく、酔っていた。とっくりをひっくり返した。むかしおふくろが親父のひっくり返したとっくりを拾って酒と一緒に涙を拭いていたのを急に思い出した。酒を拭く手を止め弟のトシオを抱いて「あんたがいてよかった」と泣いていたのも思い出し、それを俺が横で見ていたことも思い出した。昔のことなのに今寂しくなって、酔っていたので泣いた。キョウコは酒に強く全然酔っていないようだったが、俺が同情して泣いていているのだと勘違いして「ありがと」と酒を拭きながら目を潤まして言った。それでなんとなく引っ込みがつかなくなりいい仲になった。キョウコには抱く子供がいなく、俺はおふくろに抱かれなかったので丁度いいと思った。「オペラなんてしょーもないもん行くな」とキョウコに言うと、頷いて「そやね、あんなもんしょーもない外人の痴話ゲンカもう聞いたらん」と言った。オペラは外人の痴話ゲンカやったんか、エラそうな感じがするのにやはりしょーもないんか、と内心驚きながら「せやで」とキョウコに言った。<br />
　1週間後キョウコは土建屋を辞めた。会社の金で私物を買い込んでいると疑われ、クビにされる前に辞めた。ヘンな領収書を沢山きっていたとかどうとか、俺は事務のことはよくわからないが、飲み屋でめずらしく酔うキョウコが哀れに見え、「俺が養ってやる」とつい言った。<br />
　言ったはいいが、養う金はなかった。仕方がないのでキョウコにアパートを引き払わせておふくろと住む家に呼んだ。キョウコがうちに来てしばらくして、キョウコの鞄を、ちょっと何入ってんやろ、と気になり覗いたら、オペラの半券が1枚入っていた。</p>
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　俺は子供が欲しかったので、キョウコとは結婚しなかった。キョウコがうちで暮らしだして3年経ち、俺は35の時サチコと結婚した。<br />
　おふくろは反対した。「あんたキョウコさんどないするの！　養子をもらうとか、何でも出来るやない。2つも家庭持ったら、お父さんと同じやないの。どっちも不幸にするだけやないの」と泣いて言ったが俺は自分の子供が欲しかった。子供なんていらんと言った親父と俺は違う。キョウコはいいと言った。追い出されなきゃ何でもいいと言った。俺は家を出て小さいアパートに所帯を持った。<br />
　俺が結婚したと聞いてトシオが大阪に帰ってきた。トシオはそのとき、リコーダーの行商をしていて景気が悪かった。新大阪に迎えに行くとくたびれたジャケットにジーパン、腹巻き姿の、だいぶ禿げ進んだトシオが待っていた。昔から好き勝手な弟で一度も同情などしたことがなかったが、自分と同じく30になったばかりでだいぶ禿げた頭を見て初めて同情した。小遣いをやった。<br />
　トシオをアパートに招いてサチコと三人で飯を食べた。「ネエさん、ワイはこれから次世代のビジネスに着手するんや。下駄履いてるやつ最近見たか？これからはズックの時代や！　嘘やないでホンマやで！」と次の商売の話をトシオは延々俺たちに聞かせた。親父にそっくりでなんでもやりたがり、失敗を顧みない。失敗しても痛い目に遭ったことがないからだ。親父もこいつも責任を上手いこと俺やおふくろへ捨てて行く。「こっちのネエさんは料理アカンな兄ちゃん！」とサチコが台所に立ったときに言った。アパートは狭く、トシオの声はでかかった。<br />
　トシオは帰りに「祝儀や！」とさっき俺が渡した小遣いから2万抜いて、1万俺に渡した。「そうや忘れてた、ネエさんに土産！」とサチコにおもちゃのような香水の小瓶を渡した。礼を言うサチコに「あっちのネエさんにだけじゃ悪いからな！」と言って帰っていった。<br />
　トシオはキョウコにもう2、3度会っていた。サチコはキョウコに会ったことはなかったが、サチコの日記に、どこで聞いたのかキョウコのことが書いてあったので、いつのまにか知っていたようだ。俺は週に一度サチコの日記を見る。サチコは流しの下のお茶箱の中に隠している。たいしたことを書かないくせになぜ隠すのか。読んでもつまらないのだが、もしかしたらいつか、たいしたことを書くかもしれないと思うとついつい見てしまう。<br />
　俺はその夜、サチコが寝てからむこうの家に電話した。キョウコが出た。「どないしたん？　トシオちゃんなら今ご機嫌や。さっきはおかあさん泣かせちゃって、ね、トシオちゃんからまたお小遣いもらっておかあさんうれしくって…」「兄ちゃんか！？　兄ちゃんか！？　兄ちゃんこっちのネエさん兄ちゃんおらんくっても俺がおったら全然寂しないってえー聞いたかーアホー」と途中で酔ったトシオの声が聞こえた。俺とトシオの共通点は髪型と酒に飲まれることだ。キョウコと最初の日、俺は飲まれていた、と思い出し、電話を切ってからアパートを出てむこうの家へ向かった。トシオに小遣いをやってしまったから手持ちの金がもう無く、サチコに渡していた封筒から5万抜いた。翌日おふくろに小遣いをやり、キョウコの部屋で外国製の新しい香水を見た。トシオが出て行くまでこっちで寝泊まりをした。</p>
<p style="margin-top:2.0em;">
　ムスメが生まれ、サチコとよく喧嘩をするようになった。子供が出来たら俺がキョウコをどうにかすると思っていたらしい。なんでそう思ったのか俺にはわからない。おふくろの面倒も自分がゆくゆくはみる、と言う。当たり前じゃないか、と怒ると泣く。泣かない方の家へ行く。<br />
　ムスメが生まれてもキョウコは怒ったり悲しんだりしなかった。それはそれで寂しいものがあり、「お前はつらないんか、なんで泣かんねん」と俺はキョウコに怒った。キョウコは「私はヒデオさんと会う前がしんどかったから、全然平気」と言った。泣く方の家へ行く。</p>
<p style="margin-top:2.0em;">
　俺にムスメが出来たと聞いてトシオがまた帰ってきた。スニーカーが当たったのか景気が良く、ヅラが出来ていた。土産とおふくろへの小遣いも景気が良かった。俺はサチコに実家から金を借りてこさせた。おふくろから、トシオがキョウコを嫁にほしがったが、キョウコが断ったと聞いた。キョウコのことをおふくろが生意気やと言った。</p>
<p style="margin-top:2.0em;">
　俺は惚れられる。女に追いかけられる。でもお母さんは俺を追いかけへん。お母さんが追いかけんのはいつも親父とトシオや。親父は俺が15の時に商売に失敗して女と消えよった。親父を追い続けたお母さんには借金が残った。さっさと別れて他人になっておけばよかったんや。お母さんは親父がいなくなったら今度はトシオを追いかけた。トシオのためにお母さんは働いた。俺はお母さんのために働いた。お母さんはトシオの高校進学のために、俺に高校を辞めて就職してほしいと頼んだ。お前には苦労をかけてほんまにごめんねとお母さんは泣いて言ったが、せんでもええよと甘えさせてくれたことはない。せんでもええよと言われるのはいつもトシオや。あいつや親父は逃げてるだけでええんや。追ってくるお母さんがなんとかしてくれる。俺は座って鬼ごっこを見ている。お母さんは鬼や。俺も逃げたかった。</p>
<p style="margin-top:2.0em;">
　サチコは一度俺を追いかける途中、道を踏み外した。日記を週1チェックしたかいあって、別の男の子供が腹にいるとわかった。「何してんねんお前、ちゃんと追いかけろや」と殴ったら、サチコは「あんたのせいやないの」と殴り返してきた。止めどなく殴ってくるのでアパートを出て走って逃げた。それでもサチコは追ってきて殴った。俺はサチコの裏切りにまだ腹をたてていたが、俺を追ってきて鬼丸出しで殴ってくるサチコに満足もしていた。だから俺はサチコに子供をちゃんと産ませ、別れなかった。惜しいからではない。サチコが俺を追ってくるからだ。俺は女を追わない。なのにサチコの母親は俺をエロガッパと呼ぶ。</p>
<p style="margin-top:2.0em;">
　今日サチコの母親が家に押しかけてきた。サチコを返せと言う。サチコが俺を追っているのに。サチコは出て行きたいんやで、と言い張る。<br />
「今日のところはこれで勘弁したる！　でもな、あんたみたいな勝手なエロガッパのところにいつまでもサチコ置いとかへんで！！」と言ってサチコの母親は帰った。<br />
「お前出て行きたいんか」とサチコに聞くと、「お母さんが勝手に騒いでるだけや。…でもどやろ、何であんたと結婚したんやろ？」と言う。<br />
　日記にはこう書いてあった。<br />
「一刻も早くヒデオさんのところへ嫁に行きたい」<br />
　惚れとる、ということやな。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>第26回：愛と冒険　第二部　後篇</title>
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		<pubDate>Fri, 24 Jun 2011 10:14:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator>lmhiroba</dc:creator>
				<category><![CDATA[ムービー・イズ・マイン]]></category>

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		<description><![CDATA[前篇から 　「いらっしゃい…？」とこちらを見る義母の表情は「誰？」と言っていました。義母はここ1年で急激に認知症が進んでいました。前から体が弱くほとんど家にいたきりではありましたが頭は丈夫な人でした。夫とキョウコのことも、夫は隠しているつもりでいましたが、ちゃんと義母は知っていました。 　2年前の義父の法事のとき、台所でお茶を淹れていると義母が入ってきて二人きりになりました。私はこの家に滅多に寄りつかない嫁であるため義母と二人きりになると後ろめたいような気持ちになり、世間話すら上手くできませんでした。毎回義母の方から何か話してもらっていました。そのときも最初に口を開いてくれたのは義母で、何言か話すと、唐突に「サキコさんいつもごめんね」と言いました。私は何と返していいかわからぬままつっ立っているうちに、義母は居間にいる誰かから呼ばれ台所を出て行ってしまいました。私はすぐに夫とキョウコのことを義母は言ったんだとわかりました。“いつもごめんね”と謝られる程私は“いつも”この家には来てはいませんでした。“いつも”この家に来る二人のことを義母は謝ったのです。後から思えば、この法事のときもそうですが、私がこの家に来るとわかっている日はいつも、キョウコは義母の使いで家にいることがありませんでした。私はずっと夫が事前に連絡してそういうことにさせているのだと思っていましたが、このとき、義母がいつも気を使っていてくれたということがわかりました。 　「ほらおかあさん、トシオ君とサキコさんですよ」と義母に説明するキョウ コを見て、この人はヒデオが「今日は嫁が来るから外出してくれ」と頼んでいたらむしろ、絶対に外出しないタイプかもな、と思いました。“おかあさん”は今や毎日会うキョウコぐらいしか覚えていません。 「ママー！」とトシオがやはり両手を広げ立ち上がって言いました。トシオが両手で母親を包むと、義母はトシオから抜け出て、キョウコに「どこの外人や？」と言いました。トシオはポカンと口を開けていました。もちろんアホをわざわざアピールしている訳ではありません。泣きそうな顔で、「僕やでお母ちゃん！　トシオや！」と言いますが義母は「いやこわい！…」と言って、キョウコの後ろに隠れました。キョウコがトシオを慰めるように「おかあさんちょっと前から具合悪いねん。ヒデオさん帰ってきたらトシオ君に話すつもりやったんやけど…」とキョウコが言うも、トシオは下を向いたきりもう何も言いません。「もうもどろ」と義母がキョウコに言い、キョウコが義母を連れて行きました。 　居間にトシオと二人。トシオが下を向いて「なんで教えてくれへんねん？」と言いました。 「心配かけない方がいいと思てん」 「義姉さんも親おるからわかるやろ、こんな情けないことないで」 「仕方ないやん」 「仕方ないことないやろ俺知らんでアホみたいにオルガン売ってたやないけ！何で知らせんのじゃ！」 「そんなこと言うたってアンタ連絡先なんてないやん。仕方ないわ」 「なんやねん仕方ないって！　何とか出来たやろ！」 「出来ひんわ！　半年くらい前にお義母さんどんどん悪なるからってヒデオさんとアンタの知り合いみんなに聞いてまわったわ！」 「たらんねん！」 「何言うてんのよ好きなとき出て行って好きなとき帰ってくるだけのくせに今更やわ、ショーもない。何がオルガンやホンマショーもない。役に立たんやつが役に立たんもん売りやがってショーもないねんお前！」と言った後に、ビール飲み過ぎやなと思いました。 「義姉さん、ワイが何も知らんと思っとるんか？」とトシオが再び切り出しました。 「ハ？」 「ワイは全部知っとるんやで？」 「ハ？　キョウコさんのことか？　アンタじゃなくてもみんな知ってるわ！」 「チャウチャウ。今日何でチビら連れて来んかったんや？　連れて来れんかったんやろ？」 「何言うてんの？　だから動物園に…」 「チャウやろうが。下の子、兄ちゃんの子チャウやろ？　そらこの家連れて来づらいナア」 「よう言うわアホかハゲ！」 「ハゲ言うな！」 「ハゲにハゲ言うて何が悪いねんハゲ！」 「…！…まあエエ、ワイはそんなことどうでもエエ。とにかくワイはお見通し、ちゅうことや。兄ちゃんも知っとんで。前ワイが帰ってきたときに兄ちゃんが調べとったんや。興信所のスギオ君ワイの同級生やねん」とトシオが言う間、私はずーとテーブルの上の皿に乗ったカニを見ていました。出されたのはいいが、なんとなく皆揃ってから、と手をつけられずにいたカニ。夫待ちのカニ。テ−ブルに運ばれてきたときはきれいに茹で上げられて鮮やかな朱色だったのに、今はもう乾いて変色し茶色がかっているカニ。そのカニを見ているうちに無性に腹が煮えくり返ってきて、またカッと熱くなりました。私が茹で上がりました。私はカニを摑みトシオの頭めがけて投げつけました。見事ヒットしました。カニのブツブツがトシオの毛に絡まり、ヅラが少しヅレて、カニがトシオに引っかかるかたちでトシオにぶら下がりました。 「ヤッタ！」と思わず言うと、トシオの顔がみるみる赤く染まっていきました。それを見て「カニや！カニや！」と指をさして笑い、頭のどこかで「こんなんしてたら気がふれたと思われる、アカンでアカンで」と思っているのに、その直後、カニの重さに耐えられなくなったヅラがとうとうズルッと落ちてきて、トシオが反射的に両手で受け止めたのです。 「毛ガニや！　毛ガニやな？！　トシオ君これ毛ガニやんなあ？！！」 私は「アカンもう言うこときかへん、分裂気味や」とヤケクソでトシオの手にすっぽり包まれた毛ガニを指さして笑いました。そしたら本当に分裂したと思うくらい「パキーン」という、大きな音が頭に響き、目の前が急に真っ白になったのです。私はトシオに殴られました。 「何してんやお前！！」 「サキコさん大丈夫？！」 と見えないけれど、いつ来たのか夫の声とキョウコの声がそれから聞こえました。目が開くと畳と毛ガニと足が見えました。足は夫の足でした。私は夫の左足を両手で摑み、少しづつ登って立ち上がりました。その間誰も喋りませんでした。夫の目を見ると喋っていないのに「何してんねんお前」と今はトシオにではなく私に言っていました。 「エラいすんませんでした」と頭を下げ、私は玄関へ向かいました。 　玄関を出ようとすると、キョウコだけが追ってきて、 「ちょっと待って！　サキコさんカニ持っていき！　沢山あるから子供たちと食べ！　すぐやからちょっと待っててな！」と言って台所へとって返して行きました。キョウコは鉄の脳ミソじゃなく、ただちょっとやそっとじゃビクともしない頑丈な心を持っているのかもしれない、と思いました。そう思ったらいても立ってもいられず私は走って逃げました。負け逃げでした。 　駅のトイレで口をゆすぎ、殴られた所を髪で隠すのに鏡を覗きました。乾いたカニでした。 　それから妹の家へ子供を迎えに行きました。ムスメが「お母さんなんやその髪、ゲゲゲみたいやー」と私の手前に垂らした髪を見て笑いました。「姉ちゃんそれ傷か？」と妹は気づいてしまい、この子がヒデオの暴力がまた始まったと勘違いして母に告げ口したのでしょう。夜道をムスメとムスコと3人で「ゲ・ゲ・ゲゲゲのゲー」と歌って帰りました。 つづく]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.littlemore.co.jp/hiroba/mine/1059.html">前篇から</a></p>
<p>　「いらっしゃい…？」とこちらを見る義母の表情は「誰？」と言っていました。義母はここ1年で急激に認知症が進んでいました。前から体が弱くほとんど家にいたきりではありましたが頭は丈夫な人でした。夫とキョウコのことも、夫は隠しているつもりでいましたが、ちゃんと義母は知っていました。<br />
　2年前の義父の法事のとき、台所でお茶を淹れていると義母が入ってきて二人きりになりました。私はこの家に滅多に寄りつかない嫁であるため義母と二人きりになると後ろめたいような気持ちになり、世間話すら上手くできませんでした。毎回義母の方から何か話してもらっていました。そのときも最初に口を開いてくれたのは義母で、何言か話すと、唐突に「サキコさんいつもごめんね」と言いました。私は何と返していいかわからぬままつっ立っているうちに、義母は居間にいる誰かから呼ばれ台所を出て行ってしまいました。私はすぐに夫とキョウコのことを義母は言ったんだとわかりました。“いつもごめんね”と謝られる程私は“いつも”この家には来てはいませんでした。“いつも”この家に来る二人のことを義母は謝ったのです。後から思えば、この法事のときもそうですが、私がこの家に来るとわかっている日はいつも、キョウコは義母の使いで家にいることがありませんでした。私はずっと夫が事前に連絡してそういうことにさせているのだと思っていましたが、このとき、義母がいつも気を使っていてくれたということがわかりました。<br />
　「ほらおかあさん、トシオ君とサキコさんですよ」と義母に説明するキョウ<br />
コを見て、この人はヒデオが「今日は嫁が来るから外出してくれ」と頼んでいたらむしろ、絶対に外出しないタイプかもな、と思いました。“おかあさん”は今や毎日会うキョウコぐらいしか覚えていません。<br />
「ママー！」とトシオがやはり両手を広げ立ち上がって言いました。トシオが両手で母親を包むと、義母はトシオから抜け出て、キョウコに「どこの外人や？」と言いました。トシオはポカンと口を開けていました。もちろんアホをわざわざアピールしている訳ではありません。泣きそうな顔で、「僕やでお母ちゃん！　トシオや！」と言いますが義母は「いやこわい！…」と言って、キョウコの後ろに隠れました。キョウコがトシオを慰めるように「おかあさんちょっと前から具合悪いねん。ヒデオさん帰ってきたらトシオ君に話すつもりやったんやけど…」とキョウコが言うも、トシオは下を向いたきりもう何も言いません。「もうもどろ」と義母がキョウコに言い、キョウコが義母を連れて行きました。<br />
　居間にトシオと二人。トシオが下を向いて「なんで教えてくれへんねん？」と言いました。<br />
「心配かけない方がいいと思てん」<br />
「義姉さんも親おるからわかるやろ、こんな情けないことないで」<br />
「仕方ないやん」<br />
「仕方ないことないやろ俺知らんでアホみたいにオルガン売ってたやないけ！何で知らせんのじゃ！」<br />
「そんなこと言うたってアンタ連絡先なんてないやん。仕方ないわ」<br />
「なんやねん仕方ないって！　何とか出来たやろ！」<br />
「出来ひんわ！　半年くらい前にお義母さんどんどん悪なるからってヒデオさんとアンタの知り合いみんなに聞いてまわったわ！」<br />
「たらんねん！」<br />
「何言うてんのよ好きなとき出て行って好きなとき帰ってくるだけのくせに今更やわ、ショーもない。何がオルガンやホンマショーもない。役に立たんやつが役に立たんもん売りやがってショーもないねんお前！」と言った後に、ビール飲み過ぎやなと思いました。<br />
「義姉さん、ワイが何も知らんと思っとるんか？」とトシオが再び切り出しました。<br />
「ハ？」<br />
「ワイは全部知っとるんやで？」<br />
「ハ？　キョウコさんのことか？　アンタじゃなくてもみんな知ってるわ！」<br />
「チャウチャウ。今日何でチビら連れて来んかったんや？　連れて来れんかったんやろ？」<br />
「何言うてんの？　だから動物園に…」<br />
「チャウやろうが。下の子、兄ちゃんの子チャウやろ？　そらこの家連れて来づらいナア」<br />
「よう言うわアホかハゲ！」<br />
「ハゲ言うな！」<br />
「ハゲにハゲ言うて何が悪いねんハゲ！」<br />
「…！…まあエエ、ワイはそんなことどうでもエエ。とにかくワイはお見通し、ちゅうことや。兄ちゃんも知っとんで。前ワイが帰ってきたときに兄ちゃんが調べとったんや。興信所のスギオ君ワイの同級生やねん」とトシオが言う間、私はずーとテーブルの上の皿に乗ったカニを見ていました。出されたのはいいが、なんとなく皆揃ってから、と手をつけられずにいたカニ。夫待ちのカニ。テ−ブルに運ばれてきたときはきれいに茹で上げられて鮮やかな朱色だったのに、今はもう乾いて変色し茶色がかっているカニ。そのカニを見ているうちに無性に腹が煮えくり返ってきて、またカッと熱くなりました。私が茹で上がりました。私はカニを摑みトシオの頭めがけて投げつけました。見事ヒットしました。カニのブツブツがトシオの毛に絡まり、ヅラが少しヅレて、カニがトシオに引っかかるかたちでトシオにぶら下がりました。<br />
「ヤッタ！」と思わず言うと、トシオの顔がみるみる赤く染まっていきました。それを見て「カニや！カニや！」と指をさして笑い、頭のどこかで「こんなんしてたら気がふれたと思われる、アカンでアカンで」と思っているのに、その直後、カニの重さに耐えられなくなったヅラがとうとうズルッと落ちてきて、トシオが反射的に両手で受け止めたのです。<br />
「毛ガニや！　毛ガニやな？！　トシオ君これ毛ガニやんなあ？！！」<br />
私は「アカンもう言うこときかへん、分裂気味や」とヤケクソでトシオの手にすっぽり包まれた毛ガニを指さして笑いました。そしたら本当に分裂したと思うくらい「パキーン」という、大きな音が頭に響き、目の前が急に真っ白になったのです。私はトシオに殴られました。<br />
「何してんやお前！！」<br />
「サキコさん大丈夫？！」<br />
と見えないけれど、いつ来たのか夫の声とキョウコの声がそれから聞こえました。目が開くと畳と毛ガニと足が見えました。足は夫の足でした。私は夫の左足を両手で摑み、少しづつ登って立ち上がりました。その間誰も喋りませんでした。夫の目を見ると喋っていないのに「何してんねんお前」と今はトシオにではなく私に言っていました。<br />
「エラいすんませんでした」と頭を下げ、私は玄関へ向かいました。<br />
　玄関を出ようとすると、キョウコだけが追ってきて、<br />
「ちょっと待って！　サキコさんカニ持っていき！　沢山あるから子供たちと食べ！　すぐやからちょっと待っててな！」と言って台所へとって返して行きました。キョウコは鉄の脳ミソじゃなく、ただちょっとやそっとじゃビクともしない頑丈な心を持っているのかもしれない、と思いました。そう思ったらいても立ってもいられず私は走って逃げました。負け逃げでした。</p>
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　駅のトイレで口をゆすぎ、殴られた所を髪で隠すのに鏡を覗きました。乾いたカニでした。</p>
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　それから妹の家へ子供を迎えに行きました。ムスメが「お母さんなんやその髪、ゲゲゲみたいやー」と私の手前に垂らした髪を見て笑いました。「姉ちゃんそれ傷か？」と妹は気づいてしまい、この子がヒデオの暴力がまた始まったと勘違いして母に告げ口したのでしょう。夜道をムスメとムスコと3人で「ゲ・ゲ・ゲゲゲのゲー」と歌って帰りました。</p>
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つづく</p>
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		<title>第26回：愛と冒険　第二部　前篇</title>
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		<pubDate>Fri, 24 Jun 2011 10:09:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>lmhiroba</dc:creator>
				<category><![CDATA[ムービー・イズ・マイン]]></category>

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		<description><![CDATA[「なぐったん僕やないですよ」と夫が言う。 「じゃあ誰がやったんや！」と母。 「弟です。トシオです」と夫。 　昨日のことでした。 　お昼前に電話があり、夫の実家に義母の世話人として住んでいるキョウコからでした。 「もしもしサキコさん？」 「はい。いつも義母が。お世話になっております」と受話器を持っていない方の手でエプロンを外し、緊張しないように注意しながら言いました。キョウコが私に電話してくるのは初めてのことでした。よっぽどのことが義母に？　それとも何か…と頭をグルグル回していると、「ちょっと待ってね」とキョウコが言い、すぐ、「オウ義姉さん、ワイや！　トシオや！」と馬鹿のフーテンの義弟の声が受話器から聞こえてきました。 　トシオは35歳になった今も定職に就かず、薬やらスニーカーやら、その時々で違う物を売って行商だかセールスマンだかをしています。一口に言えばフーテンです。ですから滅多に大阪にいることがなく、そのせいか“ワイ”と今時おじいちゃんくらいしか使わない自称を使います。たぶん“ワイ”と言う自分を粋だと感じています。叩き売りでもない、ただの行商もしくはセールスマンなのにスーツのボタンをわざと外しこれみよがしに腹巻きとお守りをつけています。たまに標準語で「お義姉さん、これからはインターナショナルの時代だぜ」などと喋ります。関東と関西をごちゃ混ぜにしたよくわからない憧れに身を任せて暮らしており、つまり一口に言うと馬鹿なのです。そのトシオが二年振りに帰ってきました。 「アラ、トシオさん帰ってたの？　久しぶりやね」 「今朝大阪着いたんや！　義姉さん元気そうやないか！　チビたちどないや！？元気かいな！？」 「元気な盛りや。今日は私の妹と動物園行ってるわ」 「おお、そうかー、たまの休みやな！　丁度ええやん、カニ買うてきたんや！たまにのことや！　今から来いや！」 　やだ。と即座に思い、どう断ろうか考えていると「兄ちゃんも仕事終わったらまっすぐ来るゆうてるから、みんなで集まろ！たまにのことや！　な、義姉さん来てえな！」というトシオの声が聞こえ、そのトシオの背後から「ちょっとトシオ君、無理強いしたらアカンで…」とたしなめるキョウコの声も小さく聞こえました。トシオとキョウコの会話の感じは思っていたよりも親しそうで、今にもトシオはキョウコのことを“ネエさん”と呼ばんばかりの口調でした。「じゃあ、用事済んだら行くわ」と言って、私は電話を切りました。 　キョウコは私より一つ上の38歳で、30歳から夫の実家で義母の世話をしている女です。地味な顔立ちの女で、細い女です。夫と出来てる女です。1年程前に義母が少しの間だけ入院し、見舞いに行ったら付き添っており、「こんにちは」を言い合っただけで、それぐらいしか知らない女です。 　電話を切ってから、本当は用事なんか無いのでやることがありませんでした。お昼も食べる気がしなく、寝転がって「動物園か」「何見てるかな？」「何食べたかな？」と思っているうちに寝てしまいました。起きるともう2時過ぎでした。めかしこみ過ぎず、しかし、めかしこまな過ぎずに気を付けて出かける用意をしました。こんなときに夢を見なくてよかったと思いました。いい夢だろうと悪い夢だろうときっと落ち込む気がします。 　私は夫の実家の近くを歩いていました。玄関をくぐる勇気がなかなか湧かず、着いては通り過ぎを繰り返し、グルグル回っているうちに、6周目でした。炎天が頭を直撃し、クラッとしてきました。汗と疲労で“適度のめかしこみ”も今や“ややめかしこまな過ぎ”となっていました。「ヨシ、もうアカン今度こそ」、と顔にグッと力を入れて歩きだしたとき、「サキコさん？」と横から声がしました。「こんにちは！」とキョウコに言いました。気合いを入れたてだったので声がでかくなりました。それだけでもう帰りたい、と思いました。「今お醤油買って戻るとこ。トシオさん首長くして待ってるわ。ふふふ。迷ったんやろうか、なんてゆうて、迷うわけないやんナア」と言うキョウコは“トシオ君”と言っていたのが私の前では“トシオさん”になっており、「気を使わせて悪いな」と間違って思う程、親戚のお姉さんのような自然な振る舞いでした。でも、家に着いて玄関を開き、「さ、どうぞ」と言われたとたん、炎天下にいたせいか、頭がカッと熱くなりました。飾りっ気のない服も自然な振る舞いもわざとかしら？　と考えながら玄関に入ると、ピカピカの男物の革靴が揃えてありました。この靴と土産のカニが儲けたときだけ限定のトシオの帰りを主張しており、家に上がる前に私は「わかったわかった、もうエエわ」という気分でした。 「義姉さん!!」と、居間へ行くとトシオが両手を広げ立ち上がって言いました。「そんな仲良くないやろ」と思いながらもトシオの両手に抱え込まれ、そして離しながら「なんや外人さんみたいやな」と私が言うと「さすが義姉さん勘エエなあ！　ワイ外人と商売してたんや！　なんやと思う？　当ててみ当ててみ、外人のもんやで、なんや思う？　当ててみ義姉さん、当ててみ、なんや思う？」とうっうしく、「オルガンやろ」と横の机にパンフレットがあったので、すぐに私が当てると、トシオが「エエ勘してるやんけ…」と少し悲しそうに言い、かわいそうなので、「いや、それ…」と私がパンフレットを指すと「オー、ノー！」とトシオは言いました。 2年振りに会うトシオは真っ白の三つ揃いのスーツを纏い、髪はツヤツヤに撫でつけており、どうやら関東を捨てて関西と西洋の融合を計った模様でした。 「そうや、オルガンや！　ワイ、ドイツ人と商売しとったんや。嘘やないで、ホンマやで。義姉さんもチビたちにどや？！　ホラこれやるわ！」とトシオがパンフレットを渡してきましたが「まだそんな年齢ちゃうし、エエわ」と断り、「いやこうゆうのは早いうちがエエんやで！　嘘やないで、ホンマやで！　義姉さんが才能育てたらな！　嘘やな……！」と、しつこい。一応パンフレットを開いて見てみると、確かにドイツの会社のようですが、“中国製”“浜松営業所”という文字が見えました。どこで西洋と触れ合ったんや。ただ、トシオの見た目だけは本当の外人さんのようでした。トシオは元々、兄である私の夫とは全然似ていない、彫りの深い顔立ちで、こういう西洋の格好がなかなかよく似合っていました。馬鹿を差し引いてもこの容姿で主婦の心でも摑んだのかもしれません。 「義姉さんちょっと太ったか？　ちょっと裕福なったんちゃうーん？　嘘やないで、ホン…！」 　いえ、いくら見た目が良くってもやはりトシオは致命的にアホそのものです。日本の好景気、トシオの懐が暖かくなった理由はただそれだけのことでしょう。 「お義母さんは？」と聞くと「寝てんねん。さっき見てきたけどまだ寝とったわ。なあキョウコさん？」と台所のキョウコにトシオが言い、「みんな揃ったらちょっと起こしてみましょうか」とキョウコが盆にコップとカニを載せて運んできました。 「あ、手伝います…」と私が立ち上がろうとすると、エエから、と言うように首を横に振り「もうそろそろいい時間だから先やりましょ」と、トシオと私の前に一杯ずつ盛ったカニの皿を置き、ビールを私のコップに注いでくれました。私はまた頭がカッと熱くなっていました。ごく自然に動いているキョウコはたとえ炎天下に50時間曝されて火が点きそうなくらい熱くなっても全然平気な鉄のような脳ミソの持ち主なのかしら？　と疑いました。私はこのときすごくキョウコが恐くなりました。こちらがどんなに熱くなっても向こうは鉄なのです。燃え尽きるのはこちらだけ。私はビールを沢山飲みました。私はお酒があまり好きではありません。嘘です。嫌いじゃないけど弱いようで、すぐに酔っ払うため、いい年してそんなところを人に見られたくないので好みません。特にキョウコには見られたくありません。しかし、あまりにも恐く、この時間を乗り切る勢い欲しさに、沢山飲みました。 「ホラ、キョウコちゃんも飲も、たまにのことや！」とトシオが瓶も持ち上げ、「トシオさんもう出来上がってるの。ふふふ」とトシオの傍らにある空瓶3つを目で指して私に言い、「じゃあ、一杯もらおうかな」と台所へ行きコップを持ってきて、３人で乾杯をする。何やってんねやろ、とつくづく思い、グッとまた飲みました。この後夫も来る、と思ってまた飲み、トシオが「兄ちゃんはエエなア、いっつもこんなベッピン二人と飲めんねんもんなー、ワイなんかたまにのことやで！」と言って更に飲みました。酔って私は「ヒデオさん、私も来てるて知ってんの？」とキョウコに聞いてしまい、なんだかこちらが妾のようで後悔するも遅く「ううん、トシオさん帰ってきてるでとしか言ってへんな」とまた自然にサラリ攻撃。デーンと構えるこの感じはまさに妻！　頭がまたカッ！　もう一杯！　と、そこに義母が登場。 （後篇へつづく）]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>「なぐったん僕やないですよ」と夫が言う。<br />
「じゃあ誰がやったんや！」と母。<br />
「弟です。トシオです」と夫。</p>
<p style="margin-top:2.0em;">
　昨日のことでした。<br />
　お昼前に電話があり、夫の実家に義母の世話人として住んでいるキョウコからでした。<br />
「もしもしサキコさん？」<br />
「はい。いつも義母が。お世話になっております」と受話器を持っていない方の手でエプロンを外し、緊張しないように注意しながら言いました。キョウコが私に電話してくるのは初めてのことでした。よっぽどのことが義母に？　それとも何か…と頭をグルグル回していると、「ちょっと待ってね」とキョウコが言い、すぐ、「オウ義姉さん、ワイや！　トシオや！」と馬鹿のフーテンの義弟の声が受話器から聞こえてきました。<br />
　トシオは35歳になった今も定職に就かず、薬やらスニーカーやら、その時々で違う物を売って行商だかセールスマンだかをしています。一口に言えばフーテンです。ですから滅多に大阪にいることがなく、そのせいか“ワイ”と今時おじいちゃんくらいしか使わない自称を使います。たぶん“ワイ”と言う自分を粋だと感じています。叩き売りでもない、ただの行商もしくはセールスマンなのにスーツのボタンをわざと外しこれみよがしに腹巻きとお守りをつけています。たまに標準語で「お義姉さん、これからはインターナショナルの時代だぜ」などと喋ります。関東と関西をごちゃ混ぜにしたよくわからない憧れに身を任せて暮らしており、つまり一口に言うと馬鹿なのです。そのトシオが二年振りに帰ってきました。<br />
「アラ、トシオさん帰ってたの？　久しぶりやね」<br />
「今朝大阪着いたんや！　義姉さん元気そうやないか！　チビたちどないや！？元気かいな！？」<br />
「元気な盛りや。今日は私の妹と動物園行ってるわ」<br />
「おお、そうかー、たまの休みやな！　丁度ええやん、カニ買うてきたんや！たまにのことや！　今から来いや！」<br />
　やだ。と即座に思い、どう断ろうか考えていると「兄ちゃんも仕事終わったらまっすぐ来るゆうてるから、みんなで集まろ！たまにのことや！　な、義姉さん来てえな！」というトシオの声が聞こえ、そのトシオの背後から「ちょっとトシオ君、無理強いしたらアカンで…」とたしなめるキョウコの声も小さく聞こえました。トシオとキョウコの会話の感じは思っていたよりも親しそうで、今にもトシオはキョウコのことを“ネエさん”と呼ばんばかりの口調でした。「じゃあ、用事済んだら行くわ」と言って、私は電話を切りました。<br />
　キョウコは私より一つ上の38歳で、30歳から夫の実家で義母の世話をしている女です。地味な顔立ちの女で、細い女です。夫と出来てる女です。1年程前に義母が少しの間だけ入院し、見舞いに行ったら付き添っており、「こんにちは」を言い合っただけで、それぐらいしか知らない女です。<br />
　電話を切ってから、本当は用事なんか無いのでやることがありませんでした。お昼も食べる気がしなく、寝転がって「動物園か」「何見てるかな？」「何食べたかな？」と思っているうちに寝てしまいました。起きるともう2時過ぎでした。めかしこみ過ぎず、しかし、めかしこまな過ぎずに気を付けて出かける用意をしました。こんなときに夢を見なくてよかったと思いました。いい夢だろうと悪い夢だろうときっと落ち込む気がします。</p>
<p style="margin-top:2.0em;">
　私は夫の実家の近くを歩いていました。玄関をくぐる勇気がなかなか湧かず、着いては通り過ぎを繰り返し、グルグル回っているうちに、6周目でした。炎天が頭を直撃し、クラッとしてきました。汗と疲労で“適度のめかしこみ”も今や“ややめかしこまな過ぎ”となっていました。「ヨシ、もうアカン今度こそ」、と顔にグッと力を入れて歩きだしたとき、「サキコさん？」と横から声がしました。「こんにちは！」とキョウコに言いました。気合いを入れたてだったので声がでかくなりました。それだけでもう帰りたい、と思いました。「今お醤油買って戻るとこ。トシオさん首長くして待ってるわ。ふふふ。迷ったんやろうか、なんてゆうて、迷うわけないやんナア」と言うキョウコは“トシオ君”と言っていたのが私の前では“トシオさん”になっており、「気を使わせて悪いな」と間違って思う程、親戚のお姉さんのような自然な振る舞いでした。でも、家に着いて玄関を開き、「さ、どうぞ」と言われたとたん、炎天下にいたせいか、頭がカッと熱くなりました。飾りっ気のない服も自然な振る舞いもわざとかしら？　と考えながら玄関に入ると、ピカピカの男物の革靴が揃えてありました。この靴と土産のカニが儲けたときだけ限定のトシオの帰りを主張しており、家に上がる前に私は「わかったわかった、もうエエわ」という気分でした。<br />
「義姉さん!!」と、居間へ行くとトシオが両手を広げ立ち上がって言いました。「そんな仲良くないやろ」と思いながらもトシオの両手に抱え込まれ、そして離しながら「なんや外人さんみたいやな」と私が言うと「さすが義姉さん勘エエなあ！　ワイ外人と商売してたんや！　なんやと思う？　当ててみ当ててみ、外人のもんやで、なんや思う？　当ててみ義姉さん、当ててみ、なんや思う？」とうっうしく、「オルガンやろ」と横の机にパンフレットがあったので、すぐに私が当てると、トシオが「エエ勘してるやんけ…」と少し悲しそうに言い、かわいそうなので、「いや、それ…」と私がパンフレットを指すと「オー、ノー！」とトシオは言いました。<br />
2年振りに会うトシオは真っ白の三つ揃いのスーツを纏い、髪はツヤツヤに撫でつけており、どうやら関東を捨てて関西と西洋の融合を計った模様でした。<br />
「そうや、オルガンや！　ワイ、ドイツ人と商売しとったんや。嘘やないで、ホンマやで。義姉さんもチビたちにどや？！　ホラこれやるわ！」とトシオがパンフレットを渡してきましたが「まだそんな年齢ちゃうし、エエわ」と断り、「いやこうゆうのは早いうちがエエんやで！　嘘やないで、ホンマやで！　義姉さんが才能育てたらな！　嘘やな……！」と、しつこい。一応パンフレットを開いて見てみると、確かにドイツの会社のようですが、“中国製”“浜松営業所”という文字が見えました。どこで西洋と触れ合ったんや。ただ、トシオの見た目だけは本当の外人さんのようでした。トシオは元々、兄である私の夫とは全然似ていない、彫りの深い顔立ちで、こういう西洋の格好がなかなかよく似合っていました。馬鹿を差し引いてもこの容姿で主婦の心でも摑んだのかもしれません。<br />
「義姉さんちょっと太ったか？　ちょっと裕福なったんちゃうーん？　嘘やないで、ホン…！」<br />
　いえ、いくら見た目が良くってもやはりトシオは致命的にアホそのものです。日本の好景気、トシオの懐が暖かくなった理由はただそれだけのことでしょう。<br />
「お義母さんは？」と聞くと「寝てんねん。さっき見てきたけどまだ寝とったわ。なあキョウコさん？」と台所のキョウコにトシオが言い、「みんな揃ったらちょっと起こしてみましょうか」とキョウコが盆にコップとカニを載せて運んできました。<br />
「あ、手伝います…」と私が立ち上がろうとすると、エエから、と言うように首を横に振り「もうそろそろいい時間だから先やりましょ」と、トシオと私の前に一杯ずつ盛ったカニの皿を置き、ビールを私のコップに注いでくれました。私はまた頭がカッと熱くなっていました。ごく自然に動いているキョウコはたとえ炎天下に50時間曝されて火が点きそうなくらい熱くなっても全然平気な鉄のような脳ミソの持ち主なのかしら？　と疑いました。私はこのときすごくキョウコが恐くなりました。こちらがどんなに熱くなっても向こうは鉄なのです。燃え尽きるのはこちらだけ。私はビールを沢山飲みました。私はお酒があまり好きではありません。嘘です。嫌いじゃないけど弱いようで、すぐに酔っ払うため、いい年してそんなところを人に見られたくないので好みません。特にキョウコには見られたくありません。しかし、あまりにも恐く、この時間を乗り切る勢い欲しさに、沢山飲みました。<br />
「ホラ、キョウコちゃんも飲も、たまにのことや！」とトシオが瓶も持ち上げ、「トシオさんもう出来上がってるの。ふふふ」とトシオの傍らにある空瓶3つを目で指して私に言い、「じゃあ、一杯もらおうかな」と台所へ行きコップを持ってきて、３人で乾杯をする。何やってんねやろ、とつくづく思い、グッとまた飲みました。この後夫も来る、と思ってまた飲み、トシオが「兄ちゃんはエエなア、いっつもこんなベッピン二人と飲めんねんもんなー、ワイなんかたまにのことやで！」と言って更に飲みました。酔って私は「ヒデオさん、私も来てるて知ってんの？」とキョウコに聞いてしまい、なんだかこちらが妾のようで後悔するも遅く「ううん、トシオさん帰ってきてるでとしか言ってへんな」とまた自然にサラリ攻撃。デーンと構えるこの感じはまさに妻！　頭がまたカッ！　もう一杯！　と、そこに義母が登場。<br />
（<a href="http://www.littlemore.co.jp/hiroba/?p=1063&amp;preview=true">後篇</a>へつづく）</p>
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		<title>第25回：愛と冒険　第一部</title>
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		<pubDate>Fri, 03 Jun 2011 11:24:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>lmhiroba</dc:creator>
				<category><![CDATA[ムービー・イズ・マイン]]></category>

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		<description><![CDATA[　1977年夏、大阪。 　部屋に一つしかない窓を開けて昼ごはんを食べていました。ムスメ4歳がムスコ2歳の茶碗にタクアンを「食べ」と載せる。タクアン、干物の身をむしったやつ、白菜の漬物、少し粒の膨らんだ冷ごはん。私は昼ごはんが好きです。朝ごはんのような勢いや、夜ごはんのような緊張が無くて、楽です。窓から涼しい風が入っていました。珍しい。気持ちがいい。窓からおじさんとおばさんのケンカする声も入ってきました。 ≪お前が俺を腐らせたんじゃ！≫ ≪はじめっから腐っとったやろー≫ 珍しくないし、気持ちのいいものではないけれど、アパートの2階から常に吹く風、どこ吹く風。昼ごはんは、楽。余裕が私に「オペラみたいやね」とシャクシャクとした例えを言わせました。ムスメとムスコは「オペラって何？」「今度聞かすわ。」と私。オペラなぞ聞いた事ありゃしません。なんとなく想像出来る程度にはどういうものか知っていますが、所詮遠い外国の話、知っても知った気になるだけで空しい知識になるだけであろう、と聞く気もしませんでした。 ≪俺出ていくからなー。もう一緒におったらん≫ ≪エエよー。でもこんなくっさいハゲ私以外誰も入れてくれへんでー≫ ≪ハゲやと?!このブタ！デブブタ！≫ ≪あーハイハイ、ブタやでー。早よ出てってやハゲー≫ ムスメとムスコが聞いてクスクス笑っていました。これがオペラや、と思って育ったら嫌なので、自分で撒いた種ですが、レコードを買って3人でオペラを聞いてみようと思いました。そして、そこへ母が登場。 　バタン、と戸の閉まる音がして、目をやると、玄関に立つ母がいました。母の勢いと緊張が一気に部屋に充満しました。昼ごはんは終わりです。 　母55歳、五十肩甚だしくも枯れ損なって花の初老。土地を転がして一家を養ってきた母です。 「行くで。早よ荷物まとめてや」 とだけ言って上がり込んできた母の手には大型の旅行カバン。母が旅行したことなんてあったかしら？　HIDEKIと書いたシールが貼ってあり、妹達の誰かがそういえば旅行したと言ってたと思いだしました。私は隣の県へ旅行したことがあります。その時はこんな大きなカバンでなく、 「いるもんだけにし。時間ないで」 小さい花柄のビニールバックでした。一泊。ムスメとムスコと外国旅行へ行ってみたい。そこでオペラを聞けばいい。何を歌っているのかわからなくても最後には外人達と一緒に立ち上がって「ブラボー!!」と言おう。パチンと音がしました。母が棚に置いていた私のがま口財布を勝手に開き、見て、閉じた音でした。母はやれやれという風にため息をつきました。 ≪これ俺のラジオやんけ！≫ ≪あんたのものなんかあれへんわ。出てくんやったら裸で出ていき。≫ ≪アホかブタ！≫ ≪いっつも裸で帰ってくるやろー。はじめっから裸で行ったら話早いわ。行き行き≫ という二階からの風。母はちょっと上を見てからもう一つ同じため息をつきました。それから唐突に奥の部屋へ入って行きました。奥の部屋、といってもうちは二間しかないうえに、窓一つなので寝るとき以外は襖を開けて風を回しているので、実質一間みたいなものです。どこに立ってもほとんど我が家の全貌が見渡せました。ムスメは悪い気配を感じて固まっており、ムスコは「ばあちゃん何してん」と楽し気でした。そして母は奥の部屋の押し入れを開き、熱心に布団を見分し、ぶつぶつ「一組あったらええな」「これええわ」「くっさいな」などと言いながら、おそらく母が「ましや」と思った布団を引っ張り出しました。 「ちょっと何すんの、お母さん」 「アンタも早よ、いるもんまとめ。早よせなヒデオ帰ってくんで」 　ヒデオ、とは私の夫です。土建屋で働いており、日によって違うけれどだいたいいつも夕方5時くらいに一度帰ってきます。だいたいその後どこかへ出かけて、次に帰ってくる時間は寝てしまっているのでわかりやしません。新婚の頃は起きて待っていたり、同じ家にいるのに置き手紙をして寝てみたり、工夫のような事をしていましたが、今は寝ます。昔はたまにの事だったから工夫も出来たのです。 ≪稼いどんねんオレは！　なんじゃブタ≫ ≪稼いだ分全部外で使うやろー？　ウチが食べる分はウチが稼いでる。行き行き。アンタ出てったらウチはちょっとした富豪になれるわ≫ と、しつこく流れ込んでくる風に母は旅行カバンの中を探る手を一担止め、 「どこも一緒やな。でもアンタはまだ大丈夫や。うちに帰って来」と、カバンから出した大風呂敷をさっと広げました。 「私はここでも大丈夫や。お母さん、私出ていかへんよ」 　母は浄瑠璃でも包んでいるような顔をして黙々と布団を載せた風呂敷の端を結んでいました。その時、再び玄関の戸の音がしました。夫でした。 「いらっしゃい…」 と言いながらも夫の顔は既に「何しに来てんババア」になっていました。 ≪俺は出ていかへんぞ！お前が出てけブタ！≫ ≪出ていかんわ。ウチが家賃払っとんねん。出ていかんのやったらおとなしくしとけ≫ ≪何をエラそうにブタ！　きったないボロアパートやないか！　エエとこ住ませコラ！≫ ≪ボロですんませんな。ハイ、出て行き。ボール紙持ってくか？≫ ≪ブター！≫ 夫が少しの間、上を見て、それから 「何ですか？」 と、包み終わった風呂敷を見て言いました。母は答えず、また旅行カバンの中を探り、一枚の紙きれを取り出して夫に渡しました。そこで口を開き、 &#8230; <a href="http://www.littlemore.co.jp/hiroba/mine/1015.html">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　1977年夏、大阪。<br />
　部屋に一つしかない窓を開けて昼ごはんを食べていました。ムスメ4歳がムスコ2歳の茶碗にタクアンを「食べ」と載せる。タクアン、干物の身をむしったやつ、白菜の漬物、少し粒の膨らんだ冷ごはん。私は昼ごはんが好きです。朝ごはんのような勢いや、夜ごはんのような緊張が無くて、楽です。窓から涼しい風が入っていました。珍しい。気持ちがいい。窓からおじさんとおばさんのケンカする声も入ってきました。<br />
≪お前が俺を腐らせたんじゃ！≫<br />
≪はじめっから腐っとったやろー≫<br />
珍しくないし、気持ちのいいものではないけれど、アパートの2階から常に吹く風、どこ吹く風。昼ごはんは、楽。余裕が私に「オペラみたいやね」とシャクシャクとした例えを言わせました。ムスメとムスコは「オペラって何？」「今度聞かすわ。」と私。オペラなぞ聞いた事ありゃしません。なんとなく想像出来る程度にはどういうものか知っていますが、所詮遠い外国の話、知っても知った気になるだけで空しい知識になるだけであろう、と聞く気もしませんでした。<br />
≪俺出ていくからなー。もう一緒におったらん≫<br />
≪エエよー。でもこんなくっさいハゲ私以外誰も入れてくれへんでー≫<br />
≪ハゲやと?!このブタ！デブブタ！≫<br />
≪あーハイハイ、ブタやでー。早よ出てってやハゲー≫<br />
ムスメとムスコが聞いてクスクス笑っていました。これがオペラや、と思って育ったら嫌なので、自分で撒いた種ですが、レコードを買って3人でオペラを聞いてみようと思いました。そして、そこへ母が登場。<br />
　バタン、と戸の閉まる音がして、目をやると、玄関に立つ母がいました。母の勢いと緊張が一気に部屋に充満しました。昼ごはんは終わりです。<br />
　母55歳、五十肩甚だしくも枯れ損なって花の初老。土地を転がして一家を養ってきた母です。<br />
「行くで。早よ荷物まとめてや」<br />
とだけ言って上がり込んできた母の手には大型の旅行カバン。母が旅行したことなんてあったかしら？　HIDEKIと書いたシールが貼ってあり、妹達の誰かがそういえば旅行したと言ってたと思いだしました。私は隣の県へ旅行したことがあります。その時はこんな大きなカバンでなく、<br />
「いるもんだけにし。時間ないで」<br />
小さい花柄のビニールバックでした。一泊。ムスメとムスコと外国旅行へ行ってみたい。そこでオペラを聞けばいい。何を歌っているのかわからなくても最後には外人達と一緒に立ち上がって「ブラボー!!」と言おう。パチンと音がしました。母が棚に置いていた私のがま口財布を勝手に開き、見て、閉じた音でした。母はやれやれという風にため息をつきました。<br />
≪これ俺のラジオやんけ！≫<br />
≪あんたのものなんかあれへんわ。出てくんやったら裸で出ていき。≫<br />
≪アホかブタ！≫<br />
≪いっつも裸で帰ってくるやろー。はじめっから裸で行ったら話早いわ。行き行き≫<br />
という二階からの風。母はちょっと上を見てからもう一つ同じため息をつきました。それから唐突に奥の部屋へ入って行きました。奥の部屋、といってもうちは二間しかないうえに、窓一つなので寝るとき以外は襖を開けて風を回しているので、実質一間みたいなものです。どこに立ってもほとんど我が家の全貌が見渡せました。ムスメは悪い気配を感じて固まっており、ムスコは「ばあちゃん何してん」と楽し気でした。そして母は奥の部屋の押し入れを開き、熱心に布団を見分し、ぶつぶつ「一組あったらええな」「これええわ」「くっさいな」などと言いながら、おそらく母が「ましや」と思った布団を引っ張り出しました。<br />
「ちょっと何すんの、お母さん」<br />
「アンタも早よ、いるもんまとめ。早よせなヒデオ帰ってくんで」<br />
　ヒデオ、とは私の夫です。土建屋で働いており、日によって違うけれどだいたいいつも夕方5時くらいに一度帰ってきます。だいたいその後どこかへ出かけて、次に帰ってくる時間は寝てしまっているのでわかりやしません。新婚の頃は起きて待っていたり、同じ家にいるのに置き手紙をして寝てみたり、工夫のような事をしていましたが、今は寝ます。昔はたまにの事だったから工夫も出来たのです。<br />
≪稼いどんねんオレは！　なんじゃブタ≫<br />
≪稼いだ分全部外で使うやろー？　ウチが食べる分はウチが稼いでる。行き行き。アンタ出てったらウチはちょっとした富豪になれるわ≫<br />
と、しつこく流れ込んでくる風に母は旅行カバンの中を探る手を一担止め、<br />
「どこも一緒やな。でもアンタはまだ大丈夫や。うちに帰って来」と、カバンから出した大風呂敷をさっと広げました。<br />
「私はここでも大丈夫や。お母さん、私出ていかへんよ」<br />
　母は浄瑠璃でも包んでいるような顔をして黙々と布団を載せた風呂敷の端を結んでいました。その時、再び玄関の戸の音がしました。夫でした。<br />
「いらっしゃい…」<br />
と言いながらも夫の顔は既に「何しに来てんババア」になっていました。<br />
≪俺は出ていかへんぞ！お前が出てけブタ！≫<br />
≪出ていかんわ。ウチが家賃払っとんねん。出ていかんのやったらおとなしくしとけ≫<br />
≪何をエラそうにブタ！　きったないボロアパートやないか！　エエとこ住ませコラ！≫<br />
≪ボロですんませんな。ハイ、出て行き。ボール紙持ってくか？≫<br />
≪ブター！≫<br />
夫が少しの間、上を見て、それから<br />
「何ですか？」<br />
と、包み終わった風呂敷を見て言いました。母は答えず、また旅行カバンの中を探り、一枚の紙きれを取り出して夫に渡しました。そこで口を開き、<br />
「離婚してもらうで。書いてや」<br />
夫が私を見ました。<br />
「勝手にやってるんや」<br />
と私は夫に言いました。<br />
「勝手にやない。オイ、お前、サキコ出て行きたいってゆってるんや。もうエエやろ？　5年も好き勝手したんやから？」<br />
夫が私の方を「ゆったんか？」という顔で見てよこすので、<br />
「そんな事ゆってないわ」<br />
「ゆったやんか」<br />
「だいぶ前の事やろ！」<br />
そこでまた夫の「ゆったんか？」という顔。と、同時にムスコがガチャン、と茶碗を引っくり返しました。<br />
「早よ食べ！」<br />
私は怒鳴ってしまいました。ムスコは泣き出し、ムスメは固まりっぱなし。2階からは、<br />
≪幸せな家庭がほしいんじゃー!!!≫<br />
とおじさんが叫びました。<br />
「そうや」とおじさんに賛同する母。<br />
「サキコも幸せになりたいだけや。カイショーないのはしゃーないけどな、こんな、顔にアザつけられるような所おったらアカンわ。私は助けに来たんやで！」<br />
ムスメとムスコに、<br />
「外で遊んでき」<br />
と私が言うと、ムスメが皿を下げようとし、<br />
「ええから」<br />
と言うとムスメはまだベソかく弟の手をひいて出て行きました。<br />
≪アンタが壊したんやないのー!!≫<br />
≪お前のせいじゃー!!!　お前が俺をかわいがらんからアカンのじゃー!!!≫<br />
≪アンタやないのー!!!≫<br />
私は窓を閉めました。<br />
「なぐったん僕やないですよ」<br />
と夫。<br />
　夫ヒデオ、私より3歳上の40歳で、無口な方で頑固な中年。体の弱い母親とフーテンのような弟を持つ。母親には懐以上の見栄を張る傾向がある。フーテンの弟が何の商売をしたのか景気のいい時には、借金をしてでも弟以上の孝行を母親に振る舞い、弟が何の商売で失敗したのか姿を見せない時も、稼ぎのほとんどを孝行に費やした。立派な男である。が、母親と暮らす世話人の女が愛人である事は皆にバレており、孝行すればするほど皆に「ようやるな、このエロガッパ」と思われてしまった。</p>
<p>つづく</p>
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		<title>第24回：婚前特急</title>
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		<pubDate>Mon, 07 Mar 2011 05:24:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator>lmhiroba</dc:creator>
				<category><![CDATA[ムービー・イズ・マイン]]></category>

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		<description><![CDATA[　春になってきました。 　芽生えの季節独特の陽気に包まれて、2011年4月1日に前田弘二監督の『婚前特急』という映画が公開されます。僕も出演させていただきました。 　物語は、吉高由里子さん演じる主人公チエちゃんが5人の男性と同時に付き合うさなか、結婚とは何か？　と意識したことから始まります。 　結婚とは何か？ 　 　ある春のことでした。友人キンジョウ君が、仕事で東京に行くから会おう、と連絡をくれました。 　キンジョウ君は小学生のとき通っていた学童保育から20年来の付き合いで、僕が大阪に住んでいる頃は頻繁に会っていました。しかし僕が上京して3年、お互い日常に追われて一度も会うことなく、久しぶりの再開でした。 　キンジョウ君は男前でした。勉強が出来、スポーツ万能、さらさらの髪、群を抜いた端正な顔立ちで、水嶋ヒロ、いや『キャンディ・キャンディ』のアンソニーのような男でした。それなのに、僕を含め、下品がベースの大阪の少年とも楽しく話せる気立てのいい男でもありました。 　春らしい暖かい夜、僕はバイトを終えて、歩いてキンジョウ君と待ち合わせたバーへ向かいました。キンジョウ君が泊まるビジネスホテルと同じ赤坂にあるバーでした。 　店に入るとキンジョウ君はもう来ていました。今やキンジョウ君は妻一人子一人のサラリーマンのオッサンであるはずなのに、カウンターの椅子に腰掛ける姿は渋さが増した分、前に見たときよりもなお、素敵になっていました。 　うっとりしたいやらしい目で彼を見る赤坂のＯＬ達を通り抜け、僕はキンジョウ君の隣に腰掛けました。 　その晩僕達は思い出話に花が咲き、大いに酔っ払いました。もっと落ち着くところで呑もうと、僕たちはキンジョウ君の宿へと場所を移すことにしました。道では猫が金切り声をあげ、発情して鳴いている夜中でした。 　宿に着いて、 「何回か会ったと思うねんけどモグロって覚えてる？　あいつカンベツショ入ったって知ってたっけ」 「え、なんで？」 「引ったくり、アイツけっこうええとこやでってカンベツショから電話かけてきよってん」 「あほやな」 「なあ」 「しゃぶられたんかな」 「え？」 「カンベツショいうたら、証としてしゃぶられて出てくるやろ」 「なんでやねん」 「そらそやろ。ハハハ」 「エヘエヘ」 「やっぱ、ええなあ、宇野君。やっぱ友達はええなあ。大阪の奴は大概結婚してるから、なかなかゆっくりこうは呑まれへんからなあ」 「そやろなあ。俺も大阪帰っても嫁さんいる奴は誘いづらいな。でもキンジョウ君も嫁さんおるやんか」 「そやな、大阪やとこうはいかんわ。宇野君は家ないしのびのび楽しそうやな」 「そんなことないで、居候は肩身が狭いで。おるとこないからバイトばっかしてるで」 「いや、うん、やっぱ友情が一番やな。証残そか」 「え？」 「証残そか」 　と言ってキンジョウ君は僕のズボンとパンツを一気に下ろしました。僕のチンチンが一気に出ました。一気に出たチンチンを見て二人とも笑いました。 　調子に乗ったキンジョウ君は僕をベッドに押し倒して跳ねるチンチンを見てさらに笑いました。僕も調子に乗って「なにすんねん」「いややいやや」などと言いながらわざとチンチンを跳ねさせました。 　僕達は小学生に戻ったかのようにアホな劇を大笑いで始めました。キンジョウ君までなぜかチンチンを出し、跳ねさせ、「友情の証や！」と叫んでいました。そして「俺は証が欲しいんや！」と、上がサラリーマンで下がチンチンで顔が男前の叫ぶキンジョウ君は僕のマウントをとりました。 「いやがったらあかん！　いやがったらあかんねん！」 「いやや！　いやや！」 「友情の証を絶対に残さなあかん！」 「証ってなんやねん！」 　するとキンジョウ君は僕の上で回転しました。つまり僕のビジョンはキンジョウ君の顔からキンジョウ君のチンチンになりました。つまり僕のチンチンはキンジョウ君のものになりました。 「アンソニー！！」叫びながらも僕は一瞬「あれ？」と思いました。 &#8230; <a href="http://www.littlemore.co.jp/hiroba/mine/560.html">続きを読む <span class="meta-nav">&#8594;</span></a>]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　春になってきました。<br />
　芽生えの季節独特の陽気に包まれて、2011年4月1日に前田弘二監督の『婚前特急』という映画が公開されます。僕も出演させていただきました。<br />
　物語は、吉高由里子さん演じる主人公チエちゃんが5人の男性と同時に付き合うさなか、結婚とは何か？　と意識したことから始まります。<br />
　結婚とは何か？</p>
<p>　<br />
　ある春のことでした。友人キンジョウ君が、仕事で東京に行くから会おう、と連絡をくれました。<br />
　キンジョウ君は小学生のとき通っていた学童保育から20年来の付き合いで、僕が大阪に住んでいる頃は頻繁に会っていました。しかし僕が上京して3年、お互い日常に追われて一度も会うことなく、久しぶりの再開でした。<br />
　キンジョウ君は男前でした。勉強が出来、スポーツ万能、さらさらの髪、群を抜いた端正な顔立ちで、水嶋ヒロ、いや『キャンディ・キャンディ』のアンソニーのような男でした。それなのに、僕を含め、下品がベースの大阪の少年とも楽しく話せる気立てのいい男でもありました。<br />
　春らしい暖かい夜、僕はバイトを終えて、歩いてキンジョウ君と待ち合わせたバーへ向かいました。キンジョウ君が泊まるビジネスホテルと同じ赤坂にあるバーでした。<br />
　店に入るとキンジョウ君はもう来ていました。今やキンジョウ君は妻一人子一人のサラリーマンのオッサンであるはずなのに、カウンターの椅子に腰掛ける姿は渋さが増した分、前に見たときよりもなお、素敵になっていました。<br />
　うっとりしたいやらしい目で彼を見る赤坂のＯＬ達を通り抜け、僕はキンジョウ君の隣に腰掛けました。<br />
　その晩僕達は思い出話に花が咲き、大いに酔っ払いました。もっと落ち着くところで呑もうと、僕たちはキンジョウ君の宿へと場所を移すことにしました。道では猫が金切り声をあげ、発情して鳴いている夜中でした。<br />
　宿に着いて、<br />
「何回か会ったと思うねんけどモグロって覚えてる？　あいつカンベツショ入ったって知ってたっけ」<br />
「え、なんで？」<br />
「引ったくり、アイツけっこうええとこやでってカンベツショから電話かけてきよってん」<br />
「あほやな」<br />
「なあ」<br />
「しゃぶられたんかな」<br />
「え？」<br />
「カンベツショいうたら、証としてしゃぶられて出てくるやろ」<br />
「なんでやねん」<br />
「そらそやろ。ハハハ」<br />
「エヘエヘ」<br />
「やっぱ、ええなあ、宇野君。やっぱ友達はええなあ。大阪の奴は大概結婚してるから、なかなかゆっくりこうは呑まれへんからなあ」<br />
「そやろなあ。俺も大阪帰っても嫁さんいる奴は誘いづらいな。でもキンジョウ君も嫁さんおるやんか」<br />
「そやな、大阪やとこうはいかんわ。宇野君は家ないしのびのび楽しそうやな」<br />
「そんなことないで、居候は肩身が狭いで。おるとこないからバイトばっかしてるで」<br />
「いや、うん、やっぱ友情が一番やな。証残そか」<br />
「え？」<br />
「証残そか」<br />
　と言ってキンジョウ君は僕のズボンとパンツを一気に下ろしました。僕のチンチンが一気に出ました。一気に出たチンチンを見て二人とも笑いました。<br />
　調子に乗ったキンジョウ君は僕をベッドに押し倒して跳ねるチンチンを見てさらに笑いました。僕も調子に乗って「なにすんねん」「いややいやや」などと言いながらわざとチンチンを跳ねさせました。<br />
　僕達は小学生に戻ったかのようにアホな劇を大笑いで始めました。キンジョウ君までなぜかチンチンを出し、跳ねさせ、「友情の証や！」と叫んでいました。そして「俺は証が欲しいんや！」と、上がサラリーマンで下がチンチンで顔が男前の叫ぶキンジョウ君は僕のマウントをとりました。<br />
「いやがったらあかん！　いやがったらあかんねん！」<br />
「いやや！　いやや！」<br />
「友情の証を絶対に残さなあかん！」<br />
「証ってなんやねん！」<br />
　するとキンジョウ君は僕の上で回転しました。つまり僕のビジョンはキンジョウ君の顔からキンジョウ君のチンチンになりました。つまり僕のチンチンはキンジョウ君のものになりました。<br />
「アンソニー！！」叫びながらも僕は一瞬「あれ？」と思いました。<br />
　思っている間にも僕のチンチンがどんどんキンジョウ君、改めアンソニーのものになっていきました。<br />
「アンソニーとして吸ってんねんやろ？　そうやんな？　キンジョウ君として吸ってんねんやったら俺笑われへんやん、いや、あかんわ、俺もう笑ってないで」と思った瞬間、跳ね起きてキンジョウ君から体を離しました。キンジョウ君ももう笑っていませんでした。<br />
「友情しか無いねんやから。証が欲しいんや」とキンジョウ君は真剣に言いました。<br />
　劇はどこで終わっていたのでしょうか。<br />
　帰り道、恵まれているように見えるのにいつも悲しいものがちらついているキンジョウ君の顔を思い浮かべました。僕はキンジョウ君の本気さを感じました。けれど「友情の証」を一緒に残すことは出来ませんでした。「友情の証」とはそもそも何か？　一線を越えることは友情に必要なのか？　もしかすると春の夜風に乗せられただけで友情とは関係無いのでは？<br />
　猫はまだ金切り声で鳴いていました。思えば二人で演じた滑稽な劇は悲劇だったのかもしれません。チンチンがふわふわと落ちつかない春の夜のことでした。</p>
<p>　<br />
　結婚とは何か？<br />
　仕事が出来て美人な方だが実は一人で飯の食えない寂しい女、チエちゃん。親友の結婚を見て、何か？　を追いかけはじめます。答えを探して原付を走らせそして転がるチエちゃんの姿は、僕の上で回転したキンジョウ君そのものでした。切実に答えを求めており、滑稽でした。<br />
　しかし『婚前特急』は僕とキンジョウ君の劇とは違い、一歩先を行く、進歩の物語でした。進歩は悲劇を喜劇に転じました。僕はキンジョウ君を吸わなかったことを後生悔やみます。もし僕が一線を越えて友情の証をキンジョウ君に見せていたのなら、あの劇はきっと喜劇になっていたことでしょう。<br />
　春、「喜劇　婚前特急」にぴったりの季節になってきました。<br />
　ここで一句。</p>
<p>　<br />
　芽が生えて　花咲くまでの　喜劇かな<br />
　アンソニーへ</p>
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		<title>第23回：ローラーガールズ・ダイアリー</title>
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		<pubDate>Sat, 05 Feb 2011 20:23:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>lmhiroba</dc:creator>
				<category><![CDATA[ムービー・イズ・マイン]]></category>

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		<description><![CDATA[　2010年公開のドリュー・バリモア監督の『ローラーガールズ・ダイアリー』という映画があります。 　エレン・ペイジ演じる主人公の少女が、ローラーゲームと出会うことから物語は始まります。ローラーゲームとは、ローラースケートを履いて、トラックの中で5人のチーム2組が、相手チームと体を衝突させながら得点を競う競技です。少女は母親、父親、親友、恋人、チームメイト、色んな人との衝突から成長していくのです。 　僕はこの映画のどこをとっても感動してしまうのですが、中でも少女とその家族の姿に心を打たれました。 　僕の家族の姿というのは非常に曖昧です。 　母親を8歳の時に亡くしてしまい、思い出も大分曖昧です。年々曖昧さが増しているように思います。でも一つだけはっきりとした母との思い出があります。それは5歳の時の北海道旅行のことです。 　小さいながらに、小樽の街や札幌ビール園、時計台やフェリーでしたビンゴ大会、夏なのに寒いと思った半袖、ふざけてかけたサングラスまで覚えているのです。 　正月、大阪に帰った時の事です。親戚が大勢集まっていました。思い出話くらいしか共通の話題はなく、僕も数少ない鮮明な北海道旅行の思い出話をしました。 　すると母の妹である叔母が「あ、ちゃうで」と言いました。 「アレ、私といったんやんか」 「エ？　ちゃうちゃう、北海道やで？　オカンと5歳ぐらいの時……」 「そうそう、アンタ5歳ぐらいやわ」 「いや、ちゃうよ……。小樽とか時計台とか行ったやつやで……」 　僕は少し必死になりました。ただ一つはっきりとした母との旅行の思い出なのです。 　しかし叔母が言うには、姉妹と僕で行くはずの旅行に、母は急用で行けなくなり、急遽、叔母と僕だけで行く事になったらしいのです。 　その説明を聞いてもまだ僕は信じられず、実は2回、俺は北海道旅行をしたことがあるのか？　と自分を疑ってみましたが、やはり１回しか行った記憶はなく、叔母が何らかの事情で嘘をついているんじゃないのか？　と疑い、叔父や呆けたおばあちゃんにまで聞いてみましたが、叔父は「知らんわ」と言い、おばあちゃんは小型犬を蹴るのに夢中で答えてくれませんでした。 　僕は涙目になっていたかもしれません。しつこく叔母にあれこれ細かい質問をしましたが、「ほら、あれやでフェリーで……」 「そうそう、ビンゴしたな」 　と叔母が言ったところであきらめました。 　僕の家族の姿として綴っていたものに間違いがあったのです。 　次の日、少し悲しいまま、同じく大阪の姉の所へ行きました。姉はダンナと子供３人一軒屋で暮らしており、みんなで墓参りをしてから、その家で古い姉のアルバムを見ました。姉が僕の小さい頃の写真があるから持っていっていいと言ってくれたのです。 　僕は姉とダンナとガキがwiiでハシャグ中、アルバムをめくりました。姉と遊ぶ僕、母と手をつなぐ僕、僕はどの写真を撮った時も覚えていませんが、写真には家族の姿が写っていました。 　僕は少しずつ昨日のショックが和らいでいくのを感じました。横で、wiiに飽きた姪っ子が僕のもらう写真をより分けるのを手伝ってくれていました。姪は「これ誰〜？」と僕に聞きながら楽しそうでした。「○○オバちゃんやで」などと姪を膝に抱きながら僕が答えていると、「誰〜？」と聞かれた中に、全然知らんオッサンになついている僕の写真がありました。 「知らん」と僕は言いました。 　姉の家を出て、電車に乗ってから知らんオッサンの写真をもう一度見ました。やはり全然覚えがなく、覚えがあったとしても僕はもう自分の記憶など頼れません。 　しかしオッサンの眉毛と目は明らかに僕に似ていました。 　実は僕は本当の父親の顔というものを一切知りませんでした。会ったこともないと思っていました。でも僕の記憶は曖昧で、写真にはハッキリと写っているのです。 　僕は『ローラーガールズ・ダイアリー』の家族の姿に心を打たれました。少女、母親、父親がそれぞれの問題に衝突しながらも、やはり絆の深い、共に戦っていくチームであるからです。 　僕は勇気づけられます。 　家族は思い出や記録によるものだけではなく、一緒に戦う人達なのだと思えたからです。 　僕はこれからも主人公の少女のように清々しく明日を見つめることができそうです。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　2010年公開のドリュー・バリモア監督の『ローラーガールズ・ダイアリー』という映画があります。<br />
　エレン・ペイジ演じる主人公の少女が、ローラーゲームと出会うことから物語は始まります。ローラーゲームとは、ローラースケートを履いて、トラックの中で5人のチーム2組が、相手チームと体を衝突させながら得点を競う競技です。少女は母親、父親、親友、恋人、チームメイト、色んな人との衝突から成長していくのです。<br />
　僕はこの映画のどこをとっても感動してしまうのですが、中でも少女とその家族の姿に心を打たれました。</p>
<p>　僕の家族の姿というのは非常に曖昧です。<br />
　母親を8歳の時に亡くしてしまい、思い出も大分曖昧です。年々曖昧さが増しているように思います。でも一つだけはっきりとした母との思い出があります。それは5歳の時の北海道旅行のことです。<br />
　小さいながらに、小樽の街や札幌ビール園、時計台やフェリーでしたビンゴ大会、夏なのに寒いと思った半袖、ふざけてかけたサングラスまで覚えているのです。<br />
　正月、大阪に帰った時の事です。親戚が大勢集まっていました。思い出話くらいしか共通の話題はなく、僕も数少ない鮮明な北海道旅行の思い出話をしました。<br />
　すると母の妹である叔母が「あ、ちゃうで」と言いました。<br />
「アレ、私といったんやんか」<br />
「エ？　ちゃうちゃう、北海道やで？　オカンと5歳ぐらいの時……」<br />
「そうそう、アンタ5歳ぐらいやわ」<br />
「いや、ちゃうよ……。小樽とか時計台とか行ったやつやで……」<br />
　僕は少し必死になりました。ただ一つはっきりとした母との旅行の思い出なのです。<br />
　しかし叔母が言うには、姉妹と僕で行くはずの旅行に、母は急用で行けなくなり、急遽、叔母と僕だけで行く事になったらしいのです。<br />
　その説明を聞いてもまだ僕は信じられず、実は2回、俺は北海道旅行をしたことがあるのか？　と自分を疑ってみましたが、やはり１回しか行った記憶はなく、叔母が何らかの事情で嘘をついているんじゃないのか？　と疑い、叔父や呆けたおばあちゃんにまで聞いてみましたが、叔父は「知らんわ」と言い、おばあちゃんは小型犬を蹴るのに夢中で答えてくれませんでした。<br />
　僕は涙目になっていたかもしれません。しつこく叔母にあれこれ細かい質問をしましたが、「ほら、あれやでフェリーで……」<br />
「そうそう、ビンゴしたな」<br />
　と叔母が言ったところであきらめました。<br />
　僕の家族の姿として綴っていたものに間違いがあったのです。<br />
　次の日、少し悲しいまま、同じく大阪の姉の所へ行きました。姉はダンナと子供３人一軒屋で暮らしており、みんなで墓参りをしてから、その家で古い姉のアルバムを見ました。姉が僕の小さい頃の写真があるから持っていっていいと言ってくれたのです。<br />
　僕は姉とダンナとガキがwiiでハシャグ中、アルバムをめくりました。姉と遊ぶ僕、母と手をつなぐ僕、僕はどの写真を撮った時も覚えていませんが、写真には家族の姿が写っていました。<br />
　僕は少しずつ昨日のショックが和らいでいくのを感じました。横で、wiiに飽きた姪っ子が僕のもらう写真をより分けるのを手伝ってくれていました。姪は「これ誰〜？」と僕に聞きながら楽しそうでした。「○○オバちゃんやで」などと姪を膝に抱きながら僕が答えていると、「誰〜？」と聞かれた中に、全然知らんオッサンになついている僕の写真がありました。<br />
「知らん」と僕は言いました。<br />
　姉の家を出て、電車に乗ってから知らんオッサンの写真をもう一度見ました。やはり全然覚えがなく、覚えがあったとしても僕はもう自分の記憶など頼れません。<br />
　しかしオッサンの眉毛と目は明らかに僕に似ていました。<br />
　実は僕は本当の父親の顔というものを一切知りませんでした。会ったこともないと思っていました。でも僕の記憶は曖昧で、写真にはハッキリと写っているのです。</p>
<p>　僕は『ローラーガールズ・ダイアリー』の家族の姿に心を打たれました。少女、母親、父親がそれぞれの問題に衝突しながらも、やはり絆の深い、共に戦っていくチームであるからです。<br />
　僕は勇気づけられます。<br />
　家族は思い出や記録によるものだけではなく、一緒に戦う人達なのだと思えたからです。<br />
　僕はこれからも主人公の少女のように清々しく明日を見つめることができそうです。</p>
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		<title>第22回：日本のコロンボ</title>
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		<pubDate>Wed, 22 Dec 2010 12:29:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator>littlemore</dc:creator>
				<category><![CDATA[ムービー・イズ・マイン]]></category>

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		<description><![CDATA[『刑事コロンボ』という1968年から1978年放送のテレビドラマがあります。ピーター・フォーク演じる刑事コロンボが毎回殺人事件を解決してゆく物語です。 『コロンボ』には毎回豪華スターが演じる犯人が登場し、さまざまな理由で罪を犯します。僕は自分が悪い事を沢山してきたせいか、最後にはコロンボに捕まるとわかっていながら犯人の完全犯罪を願ってしまいます。『コロンボ』の犯人は皆地位や名誉のある一見成功者と呼ばれるような人ばかりで、それゆえ上昇志向や保身で犯罪に手を染めるのですが、だからいつも最初は犯人の貪欲さに共感し応援しているのですが、しかしそこへコロンボの登場です。 まともな職に就いているとは思えない小汚さ。汚い髪型をさらに汚く掻き乱し、じりじりと金持ちを追い詰めて逮捕するとき、僕の心はもうコロンボのものです。 パチンコ屋「ジャンボ」。通天閣のすぐ横にあるビルの1階、ジャラジャラ玉の流れる音とマイクパフォーマンスが開店中は延々と鳴り響き、店内には黄色い煙が充満している。土地柄が悪いせいか、客は目と服がにごる日陰者のような者ばかりである。同じビルの2階に住み込みで働く従業員達もまた客同様のどこかから追い出されてしまったような雰囲気を持つ50過ぎの中年男性ばかりだ。マイクパフォーマンスに精を出すとき以外は店のどこかでタバコを吸って立ち尽くし、終業するとパチンコ屋を出てパチンコを打ちによそのパチンコ屋へと向かう。 この従業員の一人である犯人は、ある日の閉店後、よそのパチンコ屋へは向かわず「ジャンボ」に留まり、客がこっそり台の影で宿をとっていないか確認し、誰もいないのを確かめてからこっそり持ち出したキーでレジを開き、そして犯行に及んだ。 僕は20歳頃に「ジャンボ」で3ヵ月間だけアルバイトをしました。 給料の良さにひかれて始めたものの、僕は早々に「できれば辞めたい」という気持ちになっていました。 「ジャンボ」には「朝食を従業員全員揃って食べる」という変な決まりがありました。住み込みで働く中年男性達と一緒に、通いの僕も8時半に来て朝食を食べなければならないという面倒な決まりでした。しかし不思議なもので、毎日のように飯をみんなで食べていると、次第にオッサン達に愛着を持ちはじめるようになりました。 スズキさんは朝食の席で威嚇していました。みんな飯を食べているだけなのですが、革ジャンに白いシャツをジーパンにたくし込んだスズキさんは無駄に警戒心が露わでした。食べている人に吹きかけるようにタバコの煙を吐き出して斜に構える姿は、態度とは裏腹にどこかかまって欲しそうに見えるうっとおしさもありました。 面倒くさそうな人やなあと思いながらも、僕はある日、スズキさんに興味にまかせて話しかけてみました。スズキさんの威嚇はわりとすぐにとけました。吹きかけられるタバコの煙も「くさいっすよ」と言うとやめてくれました。 あくる日の朝食では、僕が映画を好きだという事を知るとスズキさんは、『仁義なき戦い』シリーズの登場人物全員のモノマネを見せてくれました。そのモノマネは見事で、広島死闘編の菅原文太に会いに来た時の金子信雄、などと人物とシーンを事細かに演じ分けられるのです。モノマネの達者ぶりに、スズキさんを敬遠していた他のオッサン達も喝采をおくりました。スズキさんは一躍人気者となりました。皆スズキさんのうっとおしさもツッ込めば面白いとわかり、その日はみんなでツッ込みました。 そして次の日、スズキさんはもう嫌われていました。イジられてツッ込まれているうちに調子に乗ったスズキさんは段々態度が偉そうになり、面倒臭がられはじめ、そのみんなの態度を敏感に感じ取り、今度はせっかくイジられても「おちょくっとんのか」と怒り散らしはじめたのです。皆はすっかり元の敬遠する状態に戻っていました。 僕はずっとスズキさんをツッ込んだりしてもなぜか怒られませんでした。そのおかげでスズキさんと少し仲良くなりました。 スズキさんは下ネタが異常に好きで気持ち悪いくらい下ネタを会話のはしばしに入れ込んできました。下ネタと同じくらい女の人も好きでした。女性が通る度にセクハラぎりぎりのなめるような視線を送っていました。でもインポテンツでした。 それなのにスズキさんは自分の男性的魅力に過剰な自信を持っていました。ナルシストというわけでなく、本当に純粋に信じているらしく、通った女性にセクハラの目線を送った後「喜んどんなあ」と言う程でした。 しかしスズキさんの髪は両サイドしか生えていませんでした。小さい女の子が好きだと勘違いされそうな顔でした。うっすらとおわかりかもしれませんが、スズキさんは男にはうっとおしがられ、女には生理的に嫌われるタイプでした。 でも僕は、あの感服するほどの見事に演じ分けた『仁義なき戦い』を思うと情熱を感じ、少しすごいなと思っていました。 ある日、僕は支配人に呼び出されました。 「宇野君、店終わってから昨日スズキと一緒だったか？」と聞かれました。僕が違うと答えると、「スズキ何してたか知ってるか？　知ってても言えないんなら、宇野君、店辞めなくちゃな」と言われ、知らないと答えました。 店の金を誰かが何回か抜いているという噂は僕達従業員の間でもすでに広まっていました。僕の前にほとんどの従業員がすでに支配人に呼ばれていました。どうやらスズキさんが疑われているようでした。 そんな不穏な空気が「ジャンボ」に流れる中、ガジャさんという従業員のリーダー格のような人が飲み会を開きました。いつもはみんな仕事が終わったら各々パチンコ屋へ行くので珍しいことでした。スズキさんも誘われました。面倒見のいいガジャさんは、従業員の間で気まずい雰囲気が流れているので和まそうとしているようでした。飲み会ではガジャさんの知り合いの女性など従業員でない人達も来ていました。 そしてスズキさんはその女性の一人の耳元で囁き続けました。 「出よか……」「はよ舐めて欲しいやろ……」 囁きは僕やガジャさん、いや、おそらくそこにいた全員に聞こえていました。｢たまらんねやろ……｣などとスズキさんが囁いているうちに、女性陣の表情は殺気に満ち、男性ですら気分を害し、一人二人と席を立ち、飲み会は早々に幕を閉じました。 スズキさんと僕が最後に残り、スズキさんが「キャバクラおごったるわ」と僕に言い、居酒屋を出ました。僕もすごく帰りたかったのですが、スズキさんの白いタートルネックに白いロングトレンチコートにロングマフラーとサングラスといういでたちが妙に夜風に切なく、ついキャバクラへ向かう電車に一緒に乗ってしまったのです。 電車は混んではいないけど席は空いておらず、僕達は立っていました。 スズキさんはずっと卑猥な下ネタを話し、車内に響き渡っていました。恥ずかしいので小さい声で、と頼んでも酒のせいかキャバクラへ向かっているせいか、スズキさんのテンションと声は上がる一方でした。 キャバクラまであと一駅となり、やっと降りられると僕が安心したとき、スズキさんはスッと近くに立っていた女性のすぐ後ろに立ちました。人差し指を自分の股間の前で立てて、「どうや」と言わんばかりの視線を女性に送りだしたのです。僕はもうツッ込めませんでした。 そして働き始めてから3ヶ月が経ち、支配人が「防犯カメラに映っていたので盗んでいた奴が誰だかわかったが、自首するまでこちらからは何もしません」と言ってあからさまにガジャさんをちらりと見ました。その少し後に僕は「ジャンボ」を辞めました。 スズキさんとはその後も電話のやりとりがありました。いつ話しても卑猥な事を嬉しそうに会話に挟んできました。 辞めてから2年ほど経った頃でしょうか、電話でスズキさんは「来週から博多の拘置所に入んねん」と下ネタなしで言いました。僕は飲み会の日の電車を思い出しながら、とうとう捕まったか、と思いました。しかしスズキさんは猥褻で捕まったのではありませんでした。スズキさんは「ジャンボ」を辞め、知り合いの会社を手伝うようになったそうです。その会社は金持ちに高額商品を売る会社だったのだそうですが、スズキさんは詐欺罪で捕まりました。 そしてスズキは捕まった。 博多の拘置所でスズキは、ここを出たら改名しよう、と思った。以前から自分には「スズキ」という地味な苗字は合わないからそのうち改名しようと思っていたのである。「桜井」がいい。スズキは「桜井」である自分が数多の女を可愛がっているところを想像してニヤニヤ笑った。誰もいないので誰もスズキに引かなかった。 少し前向きな気分になったスズキはしばらくぶりでモノマネの練習をすることにした。 「どうしたんならあカッちゃんよ……」 あ、そうだ、文太にしよう、と自分の名前を「桜井文太」に決めた。 「続きまして、千葉真一……いや、やっぱり小池朝雄。……いや、ちょっと趣向を変えまして、コロンボの吹き替えをやってる小池朝雄。ウチのかみさんがね、私に言うんですよ、コッチは欲しいけどコッチはいらないって……」 と、立てた人差し指を股間の前で振ってから次にその指で髪を掻こうとするがそこに髪はなかった。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>『刑事コロンボ』という1968年から1978年放送のテレビドラマがあります。ピーター・フォーク演じる刑事コロンボが毎回殺人事件を解決してゆく物語です。<br />
『コロンボ』には毎回豪華スターが演じる犯人が登場し、さまざまな理由で罪を犯します。僕は自分が悪い事を沢山してきたせいか、最後にはコロンボに捕まるとわかっていながら犯人の完全犯罪を願ってしまいます。『コロンボ』の犯人は皆地位や名誉のある一見成功者と呼ばれるような人ばかりで、それゆえ上昇志向や保身で犯罪に手を染めるのですが、だからいつも最初は犯人の貪欲さに共感し応援しているのですが、しかしそこへコロンボの登場です。<br />
まともな職に就いているとは思えない小汚さ。汚い髪型をさらに汚く掻き乱し、じりじりと金持ちを追い詰めて逮捕するとき、僕の心はもうコロンボのものです。</p>
<p>パチンコ屋「ジャンボ」。通天閣のすぐ横にあるビルの1階、ジャラジャラ玉の流れる音とマイクパフォーマンスが開店中は延々と鳴り響き、店内には黄色い煙が充満している。土地柄が悪いせいか、客は目と服がにごる日陰者のような者ばかりである。同じビルの2階に住み込みで働く従業員達もまた客同様のどこかから追い出されてしまったような雰囲気を持つ50過ぎの中年男性ばかりだ。マイクパフォーマンスに精を出すとき以外は店のどこかでタバコを吸って立ち尽くし、終業するとパチンコ屋を出てパチンコを打ちによそのパチンコ屋へと向かう。<br />
この従業員の一人である犯人は、ある日の閉店後、よそのパチンコ屋へは向かわず「ジャンボ」に留まり、客がこっそり台の影で宿をとっていないか確認し、誰もいないのを確かめてからこっそり持ち出したキーでレジを開き、そして犯行に及んだ。</p>
<p>僕は20歳頃に「ジャンボ」で3ヵ月間だけアルバイトをしました。<br />
給料の良さにひかれて始めたものの、僕は早々に「できれば辞めたい」という気持ちになっていました。<br />
「ジャンボ」には「朝食を従業員全員揃って食べる」という変な決まりがありました。住み込みで働く中年男性達と一緒に、通いの僕も8時半に来て朝食を食べなければならないという面倒な決まりでした。しかし不思議なもので、毎日のように飯をみんなで食べていると、次第にオッサン達に愛着を持ちはじめるようになりました。<br />
スズキさんは朝食の席で威嚇していました。みんな飯を食べているだけなのですが、革ジャンに白いシャツをジーパンにたくし込んだスズキさんは無駄に警戒心が露わでした。食べている人に吹きかけるようにタバコの煙を吐き出して斜に構える姿は、態度とは裏腹にどこかかまって欲しそうに見えるうっとおしさもありました。<br />
面倒くさそうな人やなあと思いながらも、僕はある日、スズキさんに興味にまかせて話しかけてみました。スズキさんの威嚇はわりとすぐにとけました。吹きかけられるタバコの煙も「くさいっすよ」と言うとやめてくれました。<br />
あくる日の朝食では、僕が映画を好きだという事を知るとスズキさんは、『仁義なき戦い』シリーズの登場人物全員のモノマネを見せてくれました。そのモノマネは見事で、広島死闘編の菅原文太に会いに来た時の金子信雄、などと人物とシーンを事細かに演じ分けられるのです。モノマネの達者ぶりに、スズキさんを敬遠していた他のオッサン達も喝采をおくりました。スズキさんは一躍人気者となりました。皆スズキさんのうっとおしさもツッ込めば面白いとわかり、その日はみんなでツッ込みました。<br />
そして次の日、スズキさんはもう嫌われていました。イジられてツッ込まれているうちに調子に乗ったスズキさんは段々態度が偉そうになり、面倒臭がられはじめ、そのみんなの態度を敏感に感じ取り、今度はせっかくイジられても「おちょくっとんのか」と怒り散らしはじめたのです。皆はすっかり元の敬遠する状態に戻っていました。<br />
僕はずっとスズキさんをツッ込んだりしてもなぜか怒られませんでした。そのおかげでスズキさんと少し仲良くなりました。<br />
スズキさんは下ネタが異常に好きで気持ち悪いくらい下ネタを会話のはしばしに入れ込んできました。下ネタと同じくらい女の人も好きでした。女性が通る度にセクハラぎりぎりのなめるような視線を送っていました。でもインポテンツでした。<br />
それなのにスズキさんは自分の男性的魅力に過剰な自信を持っていました。ナルシストというわけでなく、本当に純粋に信じているらしく、通った女性にセクハラの目線を送った後「喜んどんなあ」と言う程でした。<br />
しかしスズキさんの髪は両サイドしか生えていませんでした。小さい女の子が好きだと勘違いされそうな顔でした。うっすらとおわかりかもしれませんが、スズキさんは男にはうっとおしがられ、女には生理的に嫌われるタイプでした。<br />
でも僕は、あの感服するほどの見事に演じ分けた『仁義なき戦い』を思うと情熱を感じ、少しすごいなと思っていました。<br />
ある日、僕は支配人に呼び出されました。<br />
「宇野君、店終わってから昨日スズキと一緒だったか？」と聞かれました。僕が違うと答えると、「スズキ何してたか知ってるか？　知ってても言えないんなら、宇野君、店辞めなくちゃな」と言われ、知らないと答えました。<br />
店の金を誰かが何回か抜いているという噂は僕達従業員の間でもすでに広まっていました。僕の前にほとんどの従業員がすでに支配人に呼ばれていました。どうやらスズキさんが疑われているようでした。<br />
そんな不穏な空気が「ジャンボ」に流れる中、ガジャさんという従業員のリーダー格のような人が飲み会を開きました。いつもはみんな仕事が終わったら各々パチンコ屋へ行くので珍しいことでした。スズキさんも誘われました。面倒見のいいガジャさんは、従業員の間で気まずい雰囲気が流れているので和まそうとしているようでした。飲み会ではガジャさんの知り合いの女性など従業員でない人達も来ていました。<br />
そしてスズキさんはその女性の一人の耳元で囁き続けました。<br />
「出よか……」「はよ舐めて欲しいやろ……」<br />
囁きは僕やガジャさん、いや、おそらくそこにいた全員に聞こえていました。｢たまらんねやろ……｣などとスズキさんが囁いているうちに、女性陣の表情は殺気に満ち、男性ですら気分を害し、一人二人と席を立ち、飲み会は早々に幕を閉じました。<br />
スズキさんと僕が最後に残り、スズキさんが「キャバクラおごったるわ」と僕に言い、居酒屋を出ました。僕もすごく帰りたかったのですが、スズキさんの白いタートルネックに白いロングトレンチコートにロングマフラーとサングラスといういでたちが妙に夜風に切なく、ついキャバクラへ向かう電車に一緒に乗ってしまったのです。<br />
電車は混んではいないけど席は空いておらず、僕達は立っていました。<br />
スズキさんはずっと卑猥な下ネタを話し、車内に響き渡っていました。恥ずかしいので小さい声で、と頼んでも酒のせいかキャバクラへ向かっているせいか、スズキさんのテンションと声は上がる一方でした。<br />
キャバクラまであと一駅となり、やっと降りられると僕が安心したとき、スズキさんはスッと近くに立っていた女性のすぐ後ろに立ちました。人差し指を自分の股間の前で立てて、「どうや」と言わんばかりの視線を女性に送りだしたのです。僕はもうツッ込めませんでした。<br />
そして働き始めてから3ヶ月が経ち、支配人が「防犯カメラに映っていたので盗んでいた奴が誰だかわかったが、自首するまでこちらからは何もしません」と言ってあからさまにガジャさんをちらりと見ました。その少し後に僕は「ジャンボ」を辞めました。<br />
スズキさんとはその後も電話のやりとりがありました。いつ話しても卑猥な事を嬉しそうに会話に挟んできました。<br />
辞めてから2年ほど経った頃でしょうか、電話でスズキさんは「来週から博多の拘置所に入んねん」と下ネタなしで言いました。僕は飲み会の日の電車を思い出しながら、とうとう捕まったか、と思いました。しかしスズキさんは猥褻で捕まったのではありませんでした。スズキさんは「ジャンボ」を辞め、知り合いの会社を手伝うようになったそうです。その会社は金持ちに高額商品を売る会社だったのだそうですが、スズキさんは詐欺罪で捕まりました。</p>
<p>そしてスズキは捕まった。<br />
博多の拘置所でスズキは、ここを出たら改名しよう、と思った。以前から自分には「スズキ」という地味な苗字は合わないからそのうち改名しようと思っていたのである。「桜井」がいい。スズキは「桜井」である自分が数多の女を可愛がっているところを想像してニヤニヤ笑った。誰もいないので誰もスズキに引かなかった。<br />
少し前向きな気分になったスズキはしばらくぶりでモノマネの練習をすることにした。<br />
「どうしたんならあカッちゃんよ……」<br />
あ、そうだ、文太にしよう、と自分の名前を「桜井文太」に決めた。<br />
「続きまして、千葉真一……いや、やっぱり小池朝雄。……いや、ちょっと趣向を変えまして、コロンボの吹き替えをやってる小池朝雄。ウチのかみさんがね、私に言うんですよ、コッチは欲しいけどコッチはいらないって……」<br />
と、立てた人差し指を股間の前で振ってから次にその指で髪を掻こうとするがそこに髪はなかった。</p>
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