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プリクル - ミニシアターファンマガジン

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もぞもぞ日記

20230922

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20090810

7月30日(木) 東京国立近代美術館フィルムセンター
 
『川の底からこんにちは』
 
しょうがない。
満島ひかり扮する主人公の佐和子が何度も口にするこの言葉。上京して5年、5度目の職場、5人目の彼氏……こういう女の人、いる。バイクのタイヤの凹凸が全部擦り減った、あの感じ。雨が降っただけですぐ滑るし、ブレーキの効きもすこぶる悪い。でも、そんなバイクでも乗らなきゃいけない。だって、走っていないといけないから。
もう少し踏ん張って! なんて声も届かず、「中の下」を自認する佐和子はゴウゴウ流れる川にあれよあれよという間に飲みこまれ、川べりのしじみ加工工場に流れ着く。しかもバツイチ子持ちの彼氏・健一と一緒に。佐和子、ダメじゃん……。しかしふと気づく。というか、これ、私? 実は、私も佐和子の言う「中の下」かも。隣席の人を思わず盗み見る。……あなたも?
でも、ちょっと待って。佐和子みたいに、自分で自分を「中の下」と言っちゃったら、あまりに寂しい気がする。だから、みんな、冴えない現実にも目をつむって、日々ちゃんと生きてるって、そう考えるようにしてるんじゃない? それが処世術というもの? そうかもしれない。
だから佐和子が、自分が「中の下」だってことを、最初から全部飲みこんじゃっているのが、やるせない。ダボダボのパーカーが、やるせない。発泡酒を飲んで目を赤くしてるのが、やるせない。
だけど、映画の中にはビックバンが待っていた。
佐和子は突如、生まれ変わったかのようにエキセントリックに動き始める。激流に抗って屹立する。工場のいじわるなおばちゃんたちも、あっさり誘惑に負ける健一も、そんなダメな健一を寝取った幼馴染も、みんな佐和子についてくる。「川の底からこんにちはー!」とみんなが合唱するしじみ工場の社歌が、まるで宇宙誕生の歌のように聴こえた。
だってあたしたち、「中の下」ですよね? 工場の朝礼でそう言い放つ佐和子は、やっぱり全部を飲みこんでいる。でも「中の下」なんて、そんなの実は、広い宇宙からしたらほんとうに狭い日本の中で、誰かが勝手にこの辺が上、この辺が中、この辺が下って決めただけのこと。
相変わらず佐和子は「しょうがない」って言うけれど、諦めの「しょうがない」は、まぶしい輝きを放つ「しょうがない」に変わっていて、シューシューほうき星みたいに映画の中を飛んでいく。26歳でこんな脚本を書いた石井監督にちょっと嫉妬しながら、登場人物たちの一挙一動にいちいちキャーキャー笑って寄り道しながら、佐和子たちが引っ張っていく「しょうがない」の行きつく先をスクリーンのこっち側で見守っていた。ラストシーンの、佐和子の表情。この映画の全部が詰まっていた。あの顔を、見られて良かった。
 
最後に一つ。どうしても忘れられないシーンがある。ビックバン前夜、佐和子は健一の連れ子・加代子と一緒にお風呂に入る。ねえ、先出てて。私、ここで泣いてくから。ぶっきらぼうに佐和子が言って、このシーンはおしまいなのだけど、佐和子が一人お風呂で流した涙。スクリーンには映らなかった涙。その涙がなかったら、きっとビックバンは起こらなかったはず。
(田中祥子)
 
 
『川の底からこんにちは』
監督:石井裕也/出演:満島ひかり、遠藤雅、相原綺羅、志賀廣太郎、岩松了/配給:PFFパートナーズ/35ミリ/114分/2010年一般公開予定

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