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“フーテンのべべ”が書いた小説世界 伊佐山ひろ子×大根仁×松江哲明トークショーレポート


 

70年代日活ロマンポルノの黄金期を彩った女優・伊佐山ひろ子さん。日本のブリジット・バルドーと噂され、仲間たちからは「べべ」と呼ばれていた彼女は、80年代に入ると女優業のかたわらエッセイや小説を発表。赤裸々でナイーブな文章は、多くのファンを生みました。
しばらく執筆から離れていた伊佐山さんですが、3年前の「真夜中」創刊号より小説の連載をスタート、このたび待望の単行本『海と川の匂い』が発売となりました! それを記念して、夏真っ盛りの8月8日、青山ブックセンター本店にてトークショーが開催されました。ゲストに現在絶賛放送中の「モテキ」はじめ、多くのテレビドラマを手掛ける大根仁監督と、映画『ライブテープ』のヒットが記憶に新しい松江哲明監督の両名をお迎えし、日活ロマンポルノ時代の撮影秘話や、小説に描かれた独特の世界の秘密、「演じること」と「言葉にすること」の曖昧かつスリリングな関係性についてなど、様々な角度から伊佐山ひろ子さんご本人に語っていただきました。伝説の女優の素顔に迫った2時間にわたるトークその模様をレポートいたします!

『海と川の匂い』伊佐山ひろ子・著
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どんな小さな役でも爪跡を残す

この日、まず会場に登場されたのは、大根仁さん、松江哲明さんの監督コンビ。数日前、事前の打ち合わせの際に伊佐山さんのフィルモグラフィーを見て、お二人もその出演作の多さにびっくりされていましたが、お二人が「女優・伊佐山ひろ子」に初めて出会ったのはいつだったのでしょうか?
 
大根:高校生になって、色気づいてピンク映画とか見るようになるじゃないですか。そのとき公開してたものとは別に、昔の日活ロマンポルノも見たりしていて、神代監督の作品を劇場で見た。それが伊佐山さんを目にした最初ですね。同時にテレビドラマでも伊佐山さんをしょっちゅう見てるわけですけど、ドラマのほうが印象は強くて、このひと、ロマンポルノの女優さんだったんだってあとで結びついた感じです。
 

松江:僕もそうですね。大根さんとはひと回りくらい違うんですけど、日本映画の濃ゆい作品を見るようになると、日活ロマンポルノにぶつかるわけです。そうすると、神代さんとか強烈な作家性を持っている監督の映画に伊佐山さんが出てくるんですよ。お芝居がすごいんです。『一条さゆり 濡れた欲情』(’72)とか。でもロマンポルノで見た伊佐山さんと、例えば『北の国から ’84』とか、テレビの2時間ドラマの中に出てくる伊佐山さんは、僕もあとでつながった感じなんですよね。


大根:伊佐山さんは小さい役でドラマに出てくることも多いじゃない。でも必ず爪跡を残すというか、ただでは終わらない(笑)。
 
松江:役以上のものを残しますよね。その印象ってずっと残るじゃないですか。そういう人がすっごく好きです。
 

お二人がリアルタイムで見ていたのはテレビの伊佐山さんなのですね。確かに、70年代後半~80年代のテレビドラマに数多く出演されています。さてここで、いよいよ本日の主役・伊佐山ひろ子さんが登場。黒のミニワンピースにショートブーツを合わせ、シックだけれどもかわいらしさが光る装い。素敵です。


伊佐山:この度は、みなさん、有難うございます。

会場から拍手が起きると、ウフフ、と少しはにかんでもう一度会場のお客さんにお礼を言おうとする伊佐山さん。トークが始まる直前に伊佐山さんから「ワインでも飲みながらやりましょう」という提案があり、3人の前にはグラスワインが。まずは、小説『海と川の匂い』の感想を大根さん、松江さんにそれぞれ伺ってみることに。
 
松江:(「真夜中」の)連載時に読んで、すごく面白いなって思いました。僕、それまで伊佐山さんが文章を書かれるのを、実は知らなかったんです。(「週刊プレイボーイ」の)書評にも書いたんですけど、やはり視点が全然違うなと思いました。例えとして書いたのは、女の人と話しているとき、急にその女の人が遠くを見ているように感じることがあって、そのときの絶対男には分からないような目線というか時間が書かれているなと、すごく新鮮でした。物語とも、エッセイともつかない、あの不思議な時間は何なんだろう。
 
伊佐山:有難うございます。ほんとに…私の口から言うのもあれなんですけど、「この人は5歳のときから今まで感性がブレていない」って書いて下さって…私もうすうす自分のことを「大丈夫かな?」って思っているんですけど…すごく嬉しかったです。
 
大根:僕はお仕事ご一緒したこともあったので、伊佐山さんのパーソナルな部分も少しは知っていたんです。でも、本を読んだら、やっぱり文体がすごくて、ふわふわとあっち行ったりこっち行ったりする。「何の話だっけ?」ってなりますが、普段の伊佐山さんも話していて急に別の話をされたりするから、そういうところは共通していて、伊佐山さんの天然のかわいらしさがすごく出ていると思いました。東京に出てきて、初めて映画に出た現場の話(単行本収録「ポルノ」)は、あの時代の撮影現場の話ってすごく興味があっても、まとまって本になったりしていないので撮影現場の記録としても興味深く読みました。
 

松江さんとはこの日が初対面だった伊佐山さんですが、大根さんとはテレビドラマ『アキハバラ@DEEP』(’06)でお仕事ご一緒されたことがあるのです。実は伊佐山さん、意外な役で出演されています。その役とは…。


伊佐山:私は“幻のメイド長”として出ているんです。結構長い間撮影で一緒だったんですけど、大根さんは私のことを嫌いだと思ってました。なんでかっていうと、そのとき演技が下手だったんですよ、私。
 
松江:(笑)
 
伊佐山:「下手だったな」と自分でも思って監督の顔見たら、知らん顔してるから「やっぱり下手だったんだな~。もう声もかけてもらえないのかな」って傷ついたんです。でも私が悪いんだ、と思っていて。その後しばらくして、『母なる証明』(’09)という韓国映画の試写に行ったとき、大根監督もいらしてたんです。声かけようかどうしようかなと迷ったけど「監督こんにちは」と思い切って言ったんです。私は大根さんのこと嫌いじゃなかったから。そしたら席を立ちもせずに「ああ、こんにちは(来たの~?)」みたいな感じで。でもすごくいい映画だったので、観終わったあとお話したいと思ったんですけど、感動のまま帰りたい方もいらっしゃるし、目線だけで挨拶する感じかしら、といろいろ考えていたんだけど、監督は私を探す素振りもなく行ってしまって、私はその後ろ姿を見送るだけで…。やっぱり「こいつ私のこと嫌いなんだな」って思ったんです。
 
大根:…いきなり弁解から始まるんですけど、大きな誤解が(笑)。受付で「試写状忘れちゃったんですー」って揉めてるメンドクサイ人がいるなーと思ってたら、それが伊佐山さんでびっくりしちゃって、動揺で立ちあがれなかったのがまずあるんです。終わった後、俺も大傑作だったなって思ったんですよ。で、伊佐山さんと話したいなと思ったら、伊佐山さんがいなかったんですよ。
 
伊佐山:いや、私は探したのよ。
 
大根:ホントー?
 
伊佐山:大根さんが立ちあがるのを見て、そして振り向くかなと思ったらまっすぐ帰った。私は背中を見送ったもの。
 
大根:いやいやいや。
 
伊佐山:振り返る態度の一つもしなかったから。
 
大根:試写室出たところでタバコ吸いながら、お話する気マンマンでしたよ。
 
伊佐山:でも首が全然動かなかったもの。
 
大根:いやいやいや、…………好きですよ、大好きですよー。
 
伊佐山:だから今日来て下さって、すごく嬉しかった。
 

ああ、誤解が解けて良かった! ということで、ここからは伊佐山さんのフィルモグラフィーの中から、名場面を辿っていくことに。ご本人と監督お二人の生コメンタリー付なんて、なかなかありません。
1本目はデビュー作『白い指の戯れ』(’72)。会場前方のスクリーンに映ったのは、映画のオープニング。喫茶店の窓際の席でレッカー車を見て涙ぐむ、伊佐山さん演じるユキ。そこに声を掛けちてきた一人の男。二人は店を出て、連れ立って街を歩いていきます。白いミニスカート姿の伊佐山さんは当時19歳。



『白い指の戯れ』 監督:村川透
 
松江:この作品は脚本が神代辰巳さんと村川透さんなんですね。
 
伊佐山:神代監督が脚本で入って、村川さんの初めての監督作品なの。
 
大根:この現場のことを、今回の小説にも書かれたんですよね。
 
伊佐山:そうです。
 
続いて物語の中盤、お腹をすかせたユキが町を彷徨う場面。行きつけの喫茶店のカウンターで「何か食べさせて」とサンドイッチをねだったかと思うと、「水!」と一声。
 
松江:かわいいですね。すごくお腹すいてそうにしてましたけど。
 
伊佐山:いつもお腹すいてました。
 
松江:あ、実際にお腹すかせてやったんですか?
 
伊佐山:お金がなかったので、いつもお腹はすかせてました。映画デビューはしたんですけど、俳優座小劇場の養成所に通っていたので、親からは仕送りももらっていたんだけどいつもお金がなくなっちゃって、先輩たちにご馳走してもらってました。(映画に出てくる)さっきの喫茶店で先輩たちがバイトをしてて、当時はマネージャーもいなかったので喫茶店のマスターに、仕事の電話の取次係をしてもらってました。
 
松江:喫茶店が事務所代わりなんですか?
 
伊佐山:というか、そのマスターが。
 
松江:じゃあ伊佐山さんに出演依頼をするときは、喫茶店のマスターに連絡するんですね。
 
大根:この作品はどういう経緯で出演することになったんですか?
 
伊佐山:俳優座小劇場というのは、小沢栄太郎さん(劇団俳優座の結成メンバー)がやっていて、日活がロマンポルノをやる前から、今村昌平さんや日活の監督さんたちとすごく親しかったの。だからロマンポルノをやるようになってからも、養成所の私たちがアルバイトとして出ていたんです。でもファックシーンがある映画にあんまり出たがる人もいないし、探してたみたいなんです。粟津號さんという先輩の紹介で、村川監督に会いました。「ちょっと考えてみます」って言って帰ったのに「もう決まっちゃってるよ」って言われたんですね。
 
大根:詐欺にしか聞こえないんですけど、それにマンマとひっかかったんですか?
 

伊佐山:うーん、でも何もしないで演劇の勉強しているより、先輩たちも出ているわけだし、カメラマンやスタッフも、私が本当に小さいときに観て感動した映画を撮ったような人たちだったし。でも日活の人と直接ギャラの交渉しなきゃいけなかったんですけど、私もお金をもらったことなんてないから「いくらですか?」って言われても分からなかった。


大根:分からないですよね。18とか19くらい?
 
伊佐山:19とか。「いくらなんでしょう?」って感じでした。
 

喫茶店のマスターが仕事の電話を取り次いでいたとは、さすが伊佐山さん。監督のお二人も、当時の撮影現場の雰囲気がどんなものだったのか、すごく興味があるよう。


大根:下世話な話ですけど、この現場のことが小説になってるじゃないですか。あれはどこまで…。
 
伊佐山:「ポルノ」というのがそうなんですが、ありのままを書いたわけじゃなくて、あくまでフィクションです。
 
松江:現場の人間関係とか、当事者だからこそ見えてるんだなと思うことが書かれていて。
 
大根:小説からも伝わってきますけど、現場そのものは楽しかった?
 
伊佐山:すごく楽しかった。映画は初めてだし、周りの人が本当にいい人たちだったし、マネージャーもいないし。
 
松江:喫茶店のマスターですもんね。
 
伊佐山:監督さんのおうちに泊まってたの。

大根:村川さんちに? へえー! 村川さんはこのあと松田優作さんの『探偵物語』や『蘇える金狼』とか、ハードボイルド作品の代表的な監督になりますけど、この頃はまだ若手ですよね。
 
伊佐山:おうちに泊まって、奥さんが朝ご飯を出してくれるじゃないですか。ご飯とお味噌汁の普通の朝食が出たら監督が、そういうものじゃなくてもっと太らないサラダとか、おしゃれなものを出せ! とか言っちゃってね。だから奥さんにすごく嫌われてました。「この人、うちの人を誘惑するつもりかしら?」って思われてたんだと思う。
 
大根:まあそうですよね。今俺が、家に18、9の若手の女優連れて帰って、泊めるから朝ごはん作れって言ったら妻に殺されますよ。
 
そんな家族的なスタッフに囲まれて、伊佐山さんの初めての撮影現場はとても楽しいものだったそう。「ポルノ」にはその現場の雰囲気が伊佐山さんの言葉で活き活きと描かれています。会場のスクリーンでは、女スリ役の伊佐山さんが刑事に向かって唾を吐いています。
 
大根:初々しくて、まあはっきり言って下手じゃないですか。でもそのときしか出ない味というか、その瞬間にしか切り取れない感じが出てますね。
 
伊佐山:そうですね、すごいぶりっこでしたね(笑)。
 
松江:でもすごいかわいらしいですよ。このあとのラストシーンがまたすごいかわいいんですよ。
 
伊佐山:自分がかわいいと思ってるときだったな。まあ今も思ってますけど(笑)。
 
大根:ちゃんとそのことを意識してるお芝居ですよね(笑)。
 
伊佐山さんのフィルモグラフィーを辿る旅は、まだまだ続きます。

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