2011.04.28

音楽雑誌「snoozer」に関するたいせつなおしらせ

 
 音楽雑誌「snoozer」は、1997年5月の創刊以来、14年にわたり刊行を続けてまいりました。
 長らくご愛読くださりました読者の皆さまには感謝を申し上げるとともに、お詫びの意を込めまして、ご報告させていただかなければいけないことがあるのですが、かたくるしい報告にかえて、「snoozer」編集長 田中宗一郎からの皆さまに対するご挨拶文をここに掲げます。
 いままで本当にありがとうございました。心から感謝いたします。
 
株式会社リトルモア
 
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 来るべき次号、6月18日発売号をもって、雑誌『スヌーザー』は終わります。これまで本誌を支えてくださった皆さん、本当にどうもありがとう。報告がこんな風にあまりに唐突になってしまったこと、お詫びします。実のところ、随分前から、このことは決めていました。ただ、とにかくすぱっと報告して、すぱっと終わらせたかったんです。ごめんなさい。おそらく終刊の理由については、いろんな憶測が飛ぶことと思います。端的に本音を言えば、その理由はこうなります。飽きたから。ただ、それではこれまで本誌を愛してくれた皆さんに対して、あまりに失礼なので、こうしてキーボードを叩いています。
 
 実際のところ、ここ数年、まったく儲かりはしませんでした。ただ、これはちょっとした自慢ですが、同業他誌の部数が見事に凋落していく中、皆さんのおかげで売り上げ収入に関してはさほど大きな変化はありませんでした。しかしながら、やはり広告収入に関してはかなり歴然とした変化がありました。そもそも欧米などに比べ、印刷や物流の費用がかなり割高になる日本において、売り上げ収入のみで雑誌を機能させるにはかなり無理があります。唯一の例外でさえあったマンガ週刊誌でさえ、現在では収益の大半をコミックスの販売に頼っていることを思えば、それはおわかりになることと思います。特に『スヌーザー』のように、毎号、国内のみならず、海外での撮りおろしのフォトセッションを行い、インタヴューや撮影のためにきちんとした時間をかけ、それぞれの記事にしっかりとスペースを割き、大判のサイズで、質のいい紙にこだわって――そんな風にかなりの費用と手間ひまをかけている贅沢な雑誌の場合はなおさらです。実際、ビジネスとしては、頭のいいやり方ではありません。それは重々承知していました。でも、それが『スヌーザー』だったんですね。雑誌『スヌーザー』とは、文化的な豊かさであり、異なる価値観が共存出来るような幅の広さであり、敷居の低さと排他的なスノビズムの共存であり、テキスト以上に雄弁なヴィジュアルによる言語であり、何よりもカタログではなく、本1冊全体で語りかける秘密のメッセージでした。それを形にするには、こうした手間ひまとお金のかかるスタイルは必然だったのです。
 
 いわゆる洋楽を主流に扱っている同業他誌と比べれば、いまだ『スヌーザー』にはかなりの広告収入がありました。『スヌーザー』に対する皆さんからの信頼がCDのセールス面において確実に繋がっていることを理解してくれるレーベル担当者が本当にたくさんいらしたからです。しかし、ここ数年、洋楽業界自体のマーケットは劇的にシュリンクしたせいもあって、我々が取り上げたいと感じている海外の、しかも少しばかりレフトフィールドな音楽を大々的にプロモートすること自体ほとんどなくなってきました。雑誌の刊行を続けること、我々が利益を見出すことを最優先するなら、同業他誌のように既に認知のあるアーティストを中心に取り上げ、価格は上げつつ、しかも内容を薄めるという方法もあったかもしれません。でも、やっぱりそれでは『スヌーザー』じゃないんですね。
 
 また、皆さん読者に対して、オルタナティヴな価値を提示すると同時に、外部コントリビューターであるライター陣やフォトグラファー陣に、いい作品を作る機会とギャラを提供することもまた、我々の役割でした。その点においても、我々は15年間きちんと役割を果たすことが出来たと自負しています。それゆえ、何かしらの音楽メディアとしてネットに移行することは一度たりとも考えませんでした。僭越ではありますが、正直のところ、我々が触発されたり、刺激を受けるものはありませんでしたし、我々自身がやりたいことでもありませんでした。だからこそ、ここ10年の間、同業他誌が販売価格を200円近く引き上げる中、我々は質はしっかりとキープしながらも、50円の値上げで踏みとどめつつ、この贅沢な本を作ってきました。勿論、こうした無理が利いたのも、皆さんが本誌を買ってくれていたおかげなのは言うまでもありません。勿論、それなりの方法でリニューアルも考えました。実はちょっとしたアイデアもあるにはありました。ただ、それもやはり『スヌーザー』とは別物なんですね。ならば、むしろこれまでのスタイルを貫いたまま、「スヌーザー」という価値観をきっぱりと終わらせたかった。
 
 熱心な読者であれば、ここ2年ほどの間――特に2008年の年末号辺りから、世の中全体の潮流に対して、あからさまに抗なってみせるという意図的な身振りが増えてきたのはご存知かと思います。それというのは、つまり、この『スヌーザー』という雑誌のコンセプト、スタイルで「最後にやっておくべきこと」だったのです。つまり、『スヌーザー』は『スヌーザー』を貫いたまま、終わるつもりだよ、というサインだったのです。まあ、あしたのジョーを気取りたかったっていうんですか。要するに、最後までかっこつけたかったんです。
 
 これまで『スヌーザー』の刊行を楽しみにしていて下さった読者の皆さん、そして、『スヌーザー』と一緒に仕事をすることに何かしらのメリットと喜びを感じて下さっていたアーティストやレーベルの皆さんには、本当に申し訳なく思っています。載せたいと思っても載せられない、広告を打つと言っても辞退される、取り上げられた場合でも一筋縄ではいかない――音楽業界の皆さんからすれば、付き合うには本当に面倒くさい雑誌だったと思います。しかも、このタイミングで『スヌーザー』を終わらせてしまうのは、かなり身勝手だとは思います。でも、最後まで、このわがままな雑誌のわがままを通させて下さい。
 
 7月から秋にかけて、ディスク・ガイドを3冊作ります。これは『スヌーザー』という名前が冠された、『スヌーザー』的な価値観が反映された最後の本になります。言い方は少しばかり変ですが、雑誌『スヌーザー』からの最後の落としだねのようなものだと思って下さい。なので、その3冊は、新たな読者というよりは、これまで我々を支えてくれた皆さんに向けての最後のお別れの挨拶になることでしょう。雑誌『スヌーザー』の創刊以前から、スヌーザーという名前を使っていた〈クラブ・スヌーザー〉については、この名前は取りあえず当分の間、継続することになるかもしれません。しかし、このディスクガイドのシリーズ以降、何かしらの過去のアーカイブを編纂したアンソロジー本でもない限り、雑誌や単行本に「スヌーザー」という名前が使われることはおそらくないはずです。
 
 97年5月から始まった雑誌『スヌーザー』は、次号を最後に消滅します。あるひとつの価値観がここで終わったと、あなたの脳裏の片隅に記憶してもらえれば幸いです。何かにおもねることもなく、媚びることもなく、ひとつの価値観を貫いたまま、ある時代のひとつの象徴として、『スヌーザー』を終わらせることが出来ることをどこか誇りに感じています。
 
 可能なら、年末から年明けにかけて、何かしら次のアクションを起したいと思っています。この新たなプロジェクトが、これまで本誌『スヌーザー』を一緒に作ってくれたリトルモアとのプロジェクトになるかどうかはわかりません。いや、もしかすると、僕自身、新たなアイデアに確信が持てないまま、隠遁するはめになるやもしれません。やっぱり紙の本がいいけどね。そして、皆さんには本当に失礼ですが、この雑文の存在に気がついてもいないだろうキッズのための本が作りたいな。最後まで不遜でごめんなさい。まあ、気持ちと時間に余裕があれば、のんびり待って下さい。勿論、忘れてもらっても構いません。
 
 これまで15年間、本誌『スヌーザー』を裏からずっと献身的に支えてくれたリトルモアの歴代全スタッフに感謝を。そして、特に、誰よりも『スヌーザー』の良き理解者であり、もっとも適切な批評家であり、どこまでも根気強い友人でいてくれたリトルモアのボス、孫家邦に心の底から感謝します。そして、勿論、あなたにも。どれだけ客観的に見ても、ここ十数年、こんなにも熱烈に愛され、必要とされた雑誌はなかった。時として我々は、あなたのことを家族よりも近しい存在のように感じていました。これまで本当にどうもありがとう。
 
「snoozer」編集長 田中宗一郎
 
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