『探検家、36歳の憂鬱』 角幡唯介 著

 もう一冊の「雪」の本は、ノンフィクション作家、探検家、角幡唯介の『雪男は向こうからやって来た』にしようと思っていたのだけど、まさかの幅さんとのかぶりで、出遅れた僕が身を引くことにしました。幅さんとは本の趣味が違うと思ってるんだけど、たまにこういうことがあるのは何なんでしょう?

 気を取り直して、でもちょっと根に持って、同じ角幡さんの別の本を紹介します。こっちの方がより新刊でもある。
『探検家、36歳の憂鬱』というタイトルの通り、探検家という稀な生業を選んでしまった彼の逡巡が書かれたエッセイ集です。彼が常に考えるのは、南極や北極といった極点にさえお金を出せばだれでも訪れることができる現代、想像を遥かに超える天災が起こってしまった日本において、「探検家」を名乗る意味はどこにあるのか、ということに尽きます。
 最高峰、徒歩、単独、無補給、などのキーワードがモチベーションになる場合もあるとは思いますが、彼は一歩引いた目線で、自分が探検する意義を問い続けます。『雪男は向こうからやって来た』でもそうですが、現代の探検は明快な答えが出ないまま終わることも多々あります。それを自分だけの体験を含め、客観性を持ったストーリーとして成立させるのが、現代の探検記、優れたノンフィクションなんだと思いました。

 ちなみに「雪」に関して言えば、自身が遭遇した3回の雪崩について綴った「雪崩に遭うということ」というエッセイには、知らなかった雪の世界がありました。
 雪崩というものは上から雪玉が転がり落ちてくるようなイメージがあったのですが、全くそういうものではないみたいです。文中からひくと、

「ドーンという大きな破裂音が突然鳴り響いたのだ。(中略)上の斜面に大きな亀裂が入ったのが見えた。亀裂は瞬時に横に広がり、その下の雪面がすべて沸騰したみたいに泡となって砕け出した。」

 雪が落ちてくるのではなく、自分がいる場所そのものが崩れていくので逃れようがない。それが雪崩なのだそうです。恐ろしい。