『世界をときめかした伊万里焼』矢部良明 著

 昨日まで、オランダに行っていました。アンティークショップや、現代デザイナーの作品など、今も昔も色々なところで見るのが白地に青で絵が描かれた皿やカップといった磁器製品。この手法が九州の伊万里焼(有田焼)の影響を受けていることはよく言われますが、実際はどのように伝わったのでしょう? そんなことが知りたくて手にとったのがこの本『世界をときめかした伊万里焼』です。

 そもそも伊万里焼の特徴的な染付の青色は、顔料に酸化コバルト(呉須)と呼ばれる薬品を使います。当時希少品だったこの酸化コバルトの入手ルートを、著者は、長崎に居住していた中国人が持ち込んだと予想します。1600年代の当時、すでに製陶業は大量生産型の産業で、すでに唐津焼(陶器)の発展により流通経路は確立されていました。後発の伊万里焼(磁器)は、朝鮮から渡ってきた陶工による白磁の技術、中国人ルートの酸化コバルトの入手、絵唐津と呼ばれる花鳥、草木といった意匠を描き込んだ唐津焼の染付技術を組み合わせ、差別化を図ります。

 オランダに輸出されることになったのは1659年のこと。オランダ東インド会社長崎商館から合計56700個もの大量の注文がなされます。
 誕生して日の浅い伊万里焼に大量の注文がされたのは、当時の中国を治める清王朝の鎖国政策により、オランダ東インド会社の活動が制限されたからと考えられます。
 棚ぼた的な受注に伊万里焼は製品の質で応え、それ以降伊万里焼は販売の地場をヨーロッパに確立することに成功します。
 しかしそれはあくまでもヨーロッパ側が求める形や柄を、忠実に製品化するといういわば下請け的な取引形態でした。
しかし、彼らの求める柄を和様化し、日本人が求める美的様式に変化させていったのが、伊万里焼の更なる進化につながっていきました。

 一枚の皿から読み解く、利用しているようで利用されているようで利用している、そんなオランダと伊万里の繋がりが見え面白い本でした。