『ドミトリーともきんす』高野文子 著

 先月末に出たばかりの『ドミトリーともきんす』という変わったタイトルの本です。タイトルからしてすでに二次創作で、ジョージ・ガモフという物理学者の書いた『トムキンスの冒険』という本をもじっています。ジョージ・ガモフはロシアの学者で、ビックバン宇宙理論などすごく難しいことを研究した人ですが、その人がもっと子どもや科学に興味の無い人に、科学に興味を持ってもらいたい、ということで書いたのが、『トムキンスの冒険』というシリーズ。銀行員の男 トムキンスの日常と、科学が結びついていくというお話なんですけど、そこから一文字もじってタイトルがつけられているんですね。
 この本はタイトル通りドミトリー、つまり学生寮みたいなところが舞台。その一階に、とも子さんときん子ちゃんという寮を運営する二人の親子が暮らし、二階には4人の若い科学者、朝永振一郎、牧野富太郎、中谷宇吉郎、湯川秀樹という日本を代表する科学者や植物研究家が住んでいます。彼らの研究の細かい話を紹介するというよりは、彼らの書いた随筆、エッセイをモチーフにした漫画です。
 科学者の随筆って、文筆家や作家の随筆とはちょっと違っていて、世の中の見方が独特なんですよね。例えば、朝永振一郎のお話。彼が自分の顔を鏡で見て、鏡は左右は逆に映るのにどうして上下は逆に映らないんだろう、と不思議そうに思いながらウロウロしているシーンがあります。そんなことって、言われてみないと思わないですよね。でも言われてみると不思議に思います。そういうぽろっと考えさせてくれるようなことが、学生寮で繰り広げられる人間模様のなかにしみ込んでいる感じがいいんです。朝永振一郎はさらに、鏡を顔の真ん中に立てて、うどんを食べてみる。右から見ると、うどんを両手で食べているように見える。逆に、左から見ると、おわんがあるだけでうどんを食べていないけど、うどんだけが減っていく、という様子が描かれていてとても漫画的です。そのエピソードと高野文子さんの組み合わせが本当に上手くマッチしていていいんですよね。
 この漫画は、高野さんも独特の書き方で、感情を全く入れずに書きたかったとおっしゃっていて、実際、登場人物には表情がほとんどありません。製図用のペンで線をすごく均一に書いたそうです。濃淡も陰影もほとんど無し。そういう絵と、科学者の随筆、エッセイというのが作り上げる内容はすごくマッチしています。オリジナルである科学者の随筆、エッセイのエピソードや一節から発展させた漫画、とっても素敵ないい本だなぁと思いました。

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