『銀の匙』 荒川弘 著

 みんないいといっているけれど、やっぱり僕もいいと思った。荒川弘の酪農青春マンガ、『銀の匙』のことだ。かつては、『銀の匙』というと中勘助の小説だったが、いまやすっかり現在連載中のこの荒川作品のことを指すようになったなぁ。
 内澤旬子が『世界屠畜紀行』を書いた後からだろうか、食品偽装などの社会問題化もあいまって、自分がいま食べているもののルーツを探る本がたくさん出版された。生き物を屠り、人が生きる。その事実を感情論というオブラートで包んだ書き物は、なんとなく読後の血肉化が少ない気がするから、個人的にはけっこう冷徹な視線の作品が好きなのだが、荒川弘の『銀の匙』は事実を見据える覚悟決めながらも、色とりどりの登場人物が豊かな表情で酪農の「実際のところ」をたのしく伝える。
 エゾノーこと大蝦夷農業高等学校で繰り広げられる日々のなんやかや。高校生ならではの、笑ってしまう程くっだらない話もあれば、いま酪農が抱える問題の根源まで肉薄する問題をさらりと描いていたりもする。北海道の酪農家の生まれで自身も農業高校を卒業した荒川が、実際に体験したことの手応えや痕跡を元にかかれているマンガだから、細部まで血が通った物語になるのだろうか。
 ちなみに主人公の八軒勇吾くんは思いを寄せるアキちゃんのいる馬術部へ入部。マロンという不細工ウマが最高なんだ。もうひとつウマ絡みで好きなエピソードは、エゾノー祭という文化祭の時のこと。アキの幼なじみである南九条あやめが、過労で倒れた八軒の代わりに乗馬のパフォーマンスをするため自分のウマを手配するシーンがあるのだが、なんてコトない電話の場面なのに、なんだかぐっときてしまった37歳の僕。熱いんだよな、エゾノー生周辺。
 最新巻は10巻まで出ていて、8巻あたりでやっとタイトルである『銀の匙』の意味を明らかになるのだが、もう追いつけないなんて思っている人は勿体ない。アニメ版もいいけど、まずは1巻をひらいてみよう。伝説の名馬、「黒王号」を目撃できるはずだ。