『大工よ、屋根の梁を高く上げよ シーモア―序章―』サリンジャー 著/野崎孝・井上謙治 訳

『フラニーとズーイ』の話は先週分で書いたが、これはサリンジャーが生涯をかけて書き続けたグラース家を巡るサーガのひとつ。別々のタイトルで出版されているため、単発で読むとその繋がりが見えにくいのだが、サリンジャーのこのシリーズは一気に読みすすめると、すとんと身体の中にはいってくる部分があるのだ。
 グラース家の物語に関しては、2009年に柴田元幸によって新訳された『ナイン・ストーリーズ』から手に取った方が多いのかもしれない。その本の一番はじめに収録されている『バナナフィッシュ日和』からグラース家の物語は動き始めるのだ。兄妹の人格形成に大きな影響を与え、神格化といっても過言でない尊敬を集める長男、シーモアの自殺というショッキングな事件で幕を開けるこのグラース家のサーガ。そこで描かれるひとつの死は物語全体に横たわる大きな謎となる。
 そんな謎だらけの死を遂げる長男シーモアの内側を探るには、この『大工よ、屋根の梁を高く上げよ シーモア―序章―』なのである。小説家であるグラース家の次男、バディが語るこの本は、一族の血縁を含むさまざまな関係性が明らかになるだけでなく、読後はシーモアの死がまったく別の捉え方で読めるようになる。
 結婚式の当日に姿を消したシーモア。「幸福すぎるから」という、シーモアがのこしたヒントの真相は?
『バナナフィッシュ日和』からスタートしてみて、『フラニーとズーイ』を経由し、『大工よ、屋根の梁を高く上げよ シーモア―序章―』を読んだ後に、もういちど『バナナフィッシュ日和』に戻る。そして最後に、サリンジャー最後の作品となった『ハプワース16、一九二七』(シーモアが7歳の時に書いた手紙という体をとった小説)に辿りつき、サリンジャー的輪廻にはまって下さい。