『PLANT A TREE』蜷川実花 著

 今年の桜も、咲きはじめたかと思っていたら、もう葉桜になっていた。つぼみから満開に至るまでの時間が驚くほど短いのと同様に、満開になった花が散ってゆくのも、またせわしない。
 敬愛する写真家、ナン・ゴールディンの代表作『I’LL BE YOUR MIRROR』に収録されている作品に、1994年の東京のアングラシーンと、散りゆく桜吹雪を撮ったものがある。つい最近まで僕は、もっとも美しい桜の写真は、この作品群だと思っていた。
 だが、その16年後に撮られた蜷川実花の桜吹雪も、ナン・ゴールディンに勝るとも劣らないことに最近気付く。2010年の春の数日間、夜更けなのか朝方なのかは分からないが、目黒川に落ちては流れる桜の花びらを蜷川が撮った写真集がそれだ。
 暗い川面に降り積もるピンク色の雪のような花びら。彼女のトレードマークである、いつもの蜷川的ショッキングピンクではなく、淡く溶けそうな白のような紅色だ。いつも僕たちが中目黒で吞んだ帰りに眺める、雑然とした、さして綺麗でもない、人工的な川に、落ちては流れる桜の花びらの儚い存在感。そして、それを見つめながら、なぜだか心奪われてしまっている自分。多分、その桜は来年も咲くだろう。そこには、永遠も、決定的瞬間もない。はずなのに、圧倒的な余韻と、もう二度と思い出せない感情がその写真には写っていた。酔っぱらいばかりが集まる繁華街の桜の川に、今日も花びらは落ちて、流れる。
© 2011 Mika Ninagawa