『血液と石鹸』リン・ディン 著/柴田元幸 訳

 最近は、薄い本ばかりが売れるんです。ある編集者が嘆きながらいっていた。近頃は生活時間の奪い合いがはげしい世の中だから、長大な物語がなかなか読まれないというのも分かる気がする。けれど、いっぽうで僕は思う。物語は長ければ長いほど「よい」のか?と。例えば、ベトナム系アメリカ人小説家リン・ディンの作品は、その短さゆえに物語世界が増幅していると、僕は思う。
 1975年のベトナム戦争末期に偽名を使って母国脱出をはかったというタフな経歴の持ち主であるリン・ディン。『血液と石鹸』は、そんな彼の作品の中でも最も異色の短編集だ。小さいながらも重厚な話もあれば、ほんの数行で終わってしまう作品もある。なかでも「One-Sentence Stories 一文物語集」は、読者があっけにとられてしまうような短さと切れ味だ。
 ひとつ試しに紹介してみよう。

 息を引きとる直前、人々は彼を外に連れ出し、太陽を最後に一目、生まれて初めてみせてやった。

 これだけである。
 でも、よく読んでみると、何やらじわじわと恐ろしさを感じる一文だと思いません?独特のブラックユーモアは、アメリカ社会におけるマイノリティである自身にすら向かう。じわりじわりと引き込まれるリン・ディンの短い言葉の魔術。限られた言葉の組み合わせでしかないテキストというものは、そこの見えない井戸のような暗さと恐ろしさを確かにはらんでいる。その闇から人は物語を感じるのだ。