『ぼおるぺん古事記』こうの史代 著

 現存する日本最古の歴史書といえば古事記。それを後の人たちは様々な方法で語り継いできたが、その物語をボールペン一本で漫画化してしまった人がいる。こうの史代である。
『夕凪の街 桜の国』などの代表作で知られる彼女は、一言でいうと歴史とか時間の捉え方が、とても独特の描き手だと僕は思う。彼女は『夕凪の〜』でも、広島に投下された原子爆弾とそれの後遺症と共に生きざるを得なかった女性たちを三世代に渡って描いた。被爆直後のくらしと、現代の僕たちをつなぐ見事な時間の圧縮術。そして、記憶を呼び起こすトリガーの配置。教科書で教わる史実とは別の時間軸。でも確かに存在する誰かの歴史がそこにはある。
 そんなこうの史代がボールペン一本で挑んだ大作が、この『ぼおるぺん古事記』というわけだ。天地開闢や国産み、天の岩戸や八岐大蛇伝説など、なんとなく知っていた話が、ここまで素直に自分の中で理解できてしまったから、最初の読後はじつに驚いた。
 しかも漫画のなかで使われているのは、現代語訳ではなく、原文の書き下し文をそのまま。分かりにくくないのか?とあなたは思うかもしれないが、これがいいのだ。音のリズムが絶妙で、太古から続く物語の匂いがオブラートに包まれていない。一方、漫画的な表現が読者への理解という点を助けてくれる。神々の書き方は、見事な漫画デフォルメがなされ、テキストはかつてのままというバランスがとにかく本書の肝である。
 第1巻の天の書を手に取ってみると、遠くにいた神々の所業も、現代で生活する僕らの日々とあまり変わらない気さえしてくる。愛情や嫉妬、兄弟喧嘩も裏切りも出来心も、全部そこには描かれていた。なんだ、古事記ってそんなに僕たちとかけ離れた物語ではなかったのだ。