『ザ・ロード』コーマック・マッカーシー 著/黒原敏行 訳

 僕にとっては究極の父子の物語である。
 作者のコーマック・マッカーシーは1933年生まれのアメリカの小説家。じつに長いあいだ報われない執筆生活を続けていたが、コーエン兄弟が映画化(邦題『ノーカントリー』)しアカデミー作品賞をとった『血と暴力の国』や、本作でのピュリッツァー賞受賞などで、近年やっと知られるところとなった大作家だ。
 彼の作品にはとてもわかりやすい特徴があって、それは鍵括弧(「 」)を用いないこと。会話と本文は境目なく流れてゆき、そこに独特の静謐さと緊張感が宿る。この彼独自の文体に慣れると、物語は止まらなくなる。
 話の舞台は近未来のアメリカで、核戦争か何かの理由で世界は破滅している。太陽は姿を現さず、どんどん寒冷化が始まり、人は飢え、それでも生き残った者は無政府状態の中で争いを続けているといった感じだ。男子は、『北斗の拳』の世界観を思い浮かべていただければわかりやすい。そんな救いようのない場所で、一組の父親と息子が暖かい南を目指し旅するというのが小説のストーリーだ。
 父親は息子を護るために、あらゆる手段を尽くす。一方、息子はこんな荒んだ世界で一人だけ純真を保っている。圧倒的に悲惨な状況に父が何とか立ち向かえるのは、道徳や家族愛や宗教を超えたところにあるのだと、この小説を読んでいると思える。目の前にある透明なものを、なんとか穢したくないという野生の情動が父を支えているようにさえ思う。
 そんな父が、息子におくった言葉がある。単行本だと253頁にあたるのだが、「お前は火を運ばなくちゃいけない」と父が息子に語りかけるシーンだ。何が「火」なのかは読んだ者だけが知るだろう。ともあれ、僕はこの父の言葉がどうしようもなく好きだ。人がなぜ生きているのかというよくわからない疑問に、ひとつの答えを与える可能性のある、マグマのような言葉だと僕は思っている。