『断片的なものの社会学』岸政彦 著

 1967年生まれの社会学者が綴った「分析できないもの」ばかりを集めた本が、この『断片的なものの社会学』だ。
 誰かの語りを分析しながら世の中の大きな流れや方向性を指し示すのが社会学者だと僕は思っていた。けれど、岸はその大きな流れでは汲み取りきれないものや、こぼれ落ちてしまう「欠片」をこの本ですくいあげる。
 元タクシー運転手でいまは路上のギター弾き。大学生。南米生まれのゲイ。ヤクザ。風俗嬢。ミスフィットばかりだと思われるかもしれないが、岸は彼らの話を普通に聞く。どんな人でもそれぞれの物語を内に秘めていることは『よい戦争』などで知られるインタビューの達人、スタッズ・ターケルが証明したことかもしれない。だが、岸はもっと普通に話を聞いている。あえて劇的にもせず、あえてしんみりとも書かない。等身大の声が、そのまま岸に染み込んでいくような感じだ。
 個々人のライフヒストリーを聞き取りながら、「学問」の領域ではとても使うことができない、けれど岸の頭からはこびりついて離れないエピソードがこのエッセイには無数に浮遊している。全裸で銭湯に向かう(合理的!?)爺様とか。「そんな本、読んでどうにかなるの?」拙速な答えが欲しい誰かは尋ねるだろう。だが、僕は堂々と宣言したい。「これこそが世界だ」と。
 そこら辺に転がる小石や、「マックのテキサスバーガーまじヤバい」と書かれたまま三年近く放置されているブログなど、岸が心惹かれる細やかな断片は、何の意味も持たないものばかり。けれど、それは確かに存在している。一般化し、全体化することばかりが持て囃されるなか「誰にも隠されていないが、誰の目にも触れない」ものの積層が、僕らの目の前の物ごとを形づくっていると知る。
 ちなみに岸の聞き取りは、僕が選書時にするインタビューともすごく近い気がした。結局、一人一人との対話で得た手応えを頼りに前に進んでいくしかないという意味でだが。いつか話してみたい人がまた一人増えました。