『夢十夜 双面神ヤヌスの谷崎・三島変化』宇能鴻一郎 著

 平松洋子が『野蛮な読書』で宇能鴻一郎を再発見したのは2年ほど前。その時、彼がまた純文学を書き始めるなんて、誰も想像しなかったに違いない。けれど、出てしまいました。「三十年の沈黙を破り奇跡の復活!」だそうです。
 1962年に「鯨神」で芥川賞を受賞したのち、どういうわけかポルノ作家へと転向した宇能鴻一郎。「あたし、どっかにスキがあるみたいなんです。」、「それだけじゃ物足りないんです…。」ヒロインのモノローグを使った独特の滑りを持つ彼の官能は、瞬く間に一世を風靡した。「日刊ゲンダイ」などをぱらぱらめくった時に、きっとあなたも目撃していたに違いない宇能の官能小説。
 だが、この新作はひと味ちがう再出発。マジメかおフザケかもわからない、「何もかもブチこんだ」ミサイルのような1冊だ。自伝的要素を埋め込みながらも、時空を超えた神話的不可思議さをあわせ持つ10の夢物語に、あなたを招待いたしましょう。
 漱石の同名作品『夢十夜』もそうだが、夢という体裁を持った小説には重力が働かない。つまり、なんだってあり。その自由奔放で縦横無尽なほとばしりを受け容れるか、否かで、この本に対する愛着はずいぶん変わるだろう。なんといっても、谷崎潤一郎は狸にされ、三島由紀夫は牛なのだもの。一方で、夢の恐ろしいところは無意識がにじみ出てしまうところでもある。
「時代小説はセリフが不自然だし、推理は推理小説が不自然だ。ポルノは大好きだし量産がきく。さっさと転向した」。第四夜では、ポルノ転向の理由をさらりと書いている宇能。けれど一方で、第六夜に繰り広げられる狸の谷崎と牛の三島のダイアローグを聞いていると、宇能鴻一郎という「ポルノ界のモーツアルト」の背後に横たわる重くて暗いものも浮かびあがってくる。
 宇能鴻一郎、80歳。なにはともあれ、ますますお盛んなようです。