今井智子さんより 『Fun Machine』によせて

 シャウト一発で、その場の空気をもってっちゃうシンガーのように、リフ一発でノックアウトするギタリスト。あるいは、スキャットで天空に導くヴォーカリストのように、トランシーなフリーフォームのギタープレイで、果 てしないサイケデリアに誘う。そんなヤマジカズヒデのギターを軸に、ゾクゾクするようなサウンドを作り出しているのがdipだ。

 6作目『Fun Machine』は、初のニューヨーク録音盤。だが、著名な共演者がいるとかセレブなプロデューサーを現地調達したとか、お約束の話題は特にない。けれども、SOHOにも近いイースト・ヴィレッジのKampo Studiosに寝泊まりし、彼等を十分理解するプロデューサーやエンジニアと共に、アルバムを作ることに集中しただけあって、今のdipをクリアに捉えたものになった。

 音がクリアと言う意味ではない。サウンド自体はざっくりとして、ニューヨーク・アンダーグラウンド好きのヤマジらしいローファイ風味満載だ。タイトルにもなったFun Machine(リズムボックス内蔵オルガン)というレトロな楽器を使ったり、デジタル録音したものをカセット・テープに落として音を歪ませたり、ビルの階段で天然エコーを録ったりと、創意工夫の例はいとまがない。また、友人のcomorevi-ButtEr flyことSWD嬢がコーラスで参加しているあたり、初期ヴェルヴェット・アンダーグラウンドを彷彿させるし、映画「ナチュラル・ボーン・キラーズ」のサントラにも入っていた60年代のカバーもあって、キッチュな面 白さを加味している。こうした曲で見せるヤマジ独特の解釈力には、毎度ながら脱帽する。もちろん、めくるめくヤマジのギター・プレイを存分に聴かせる、これぞdipという曲も。即興性の高い3ピース・ギター・バンドのプレイでありながら、トランシーなグルーヴに溢れ今日的なセンスを強力に発散しているのも、このバンドならではだ。

 そして何よりも作品から強く感じるのは、安定感を増したdipというバンドの存在感。誰にも真似の出来ない、ソリッドでサイケデリックなギター・プレイ。あるいはクールな孤高を漂わせたポップ・チューン。そんな持ち味をフル稼働させるヤマジと、落ち着いてタフなビートをキープする、ヨシノとナカニシ。3人が向かい合って、お互いの音を絡め合いながら曲を進めて行く様子が、目に浮かぶようだ。実際にはヤマジが寝ている間にリズムを録ったり、ヨシノがいなくてヤマジがベースを弾いてる曲もあるのだが、そういう現実ではなくて、バンドが持っている空気感が、以前より濃厚なのである。それでいて、軽やかな開放感も漂わせ、ありきたりな表現だがバンドが大きく見えてくる。先日、久しぶりに彼等のライヴを見て、それを確信した。

 この作品が彼等の新たな一歩であり、これを完成させたことで彼等がまた前進しているのは、言うまでもない。
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